ショルティ&シカゴ響を聴く、1977

サー・ゲオルグ・ショルティ指揮 シカゴ交響楽団 初来日公演、1977年6月21日、東京文化会館

アメリカの三大オーケストラの一つとも云われた「シカゴ交響楽団」の初来日は1977年6月に実現した。同行指揮者は時の音楽監督サー・ゲオルグ・ショルティ、東京公演を皮切りに約3週間に渡る日本公演旅行であった(写真1 初来日東京公演チラシ・表/写真2 チラシ裏面)。当時の「シカゴ交響楽団」はショルティを音楽監督に迎え8年目まさに黄金時代の絶頂期、その人気たるや凄いものがあった。私は来日公演ツアーも終わりに近い6月21日東京文化会館での演奏を聴いた(写真3 「シカゴ交響楽団初来日公演」プログラム表紙)。この日の演奏曲目は公演チラシに記載の通り当初アイヴズの「ニュー・イングランドの三つの場所」が予定されていたが公演ではエリオット・カーターの「管弦楽のための変奏曲」に変更されていた(写真4 筆者が聴いた「プログラム6」)。どちらの作品もショルティはコンサートでは取り上げていたが確かレコード未録音の作品だったと思う。次のドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」では独奏フルートと透明感を感じさせる「シカゴ響」サウンドが美しく鳴り響いた。メインのブラームスの交響曲はこの「第2番」も含めまだこの時点でレコーディングはされてなかったので期待を持って聴いた。シカゴ響の弦楽器群と管楽器群のバランスも素晴らしくこの抒情的・牧歌的な交響曲の魅力をショルティは見事に導きだしていた。ショルティとシカゴ響はこの翌年1978年から79年にかけてブラームス交響曲全集録音を録音会場の「メディナ・テンプル(シカゴ)」で行いこの演奏は名録音名盤として現在でも誉れが高い(写真5 初来日公演6/21チケット)。

写真1 ショルティ&シカゴ響初来日公演チラシの表面(1977)

写真2 ショルティ&シカゴ響初来日公演チラシの裏面(1977)

写真3 ショルティ&シカゴ響初来日公演プログラム表紙(1977)

写真4 筆者が聴いたプログラム6(下段)

写真5 ショルティ&シカゴ響 初来日公演チケット