・kuni(元会員)
nobuと共に“ゲヴァントハウス”結成に尽力する。後期高齢者の仲間入りも そう遠くないという訳で、当会会長(NPO法人化後は理事長)という名誉ある称号を頂いた。 小学生の頃は、エノケン、笠置シズ子、川田晴久等の歌が好きだった。今でもやはり、 オペラや歌曲といった“歌”が好き。追っ掛けしたかった歌手を二人上げると、テレサ・ベルガンサと ルチア・ポップとなる。最近は日本歌曲を折に触れて聴く。日本語の美しさに魅入られている。(kuni)
・nobu
中学生の頃よりクラシック音楽を聴くようになり、20代後半に音楽愛好会 結成を呼び掛け、“ゲヴァントハウス”と命名する。クラシック音楽にのめり込む切っ掛けに なった曲がブラームスの交響曲第4番。高校生の時にオープンリールデッキでFMエアチェックを 始め、以来ライヴ演奏の魅力に開眼、現在まで続く。当会によるCDコンサートの選曲、 プログラムを担当。
また、当サイト内で "nobu"の「秘蔵ライヴ音源紹介」を掲載しておりますのでご覧ください。(nobu)
・mitsu
mitsuこと水流里(つるり)は、2013年11月永眠いたしました。
ここに永久会員としてその名を刻みます。
・kazu(元会員)
ものごころ付いた幼い時にはバッハの管弦楽組曲やシューベルトの旋律に魅かれていた。 自ら音楽を積極的に聞く様になったのは13歳になった時。初めてオーケストラコンサートに 足を運び、オペラを観劇し、自分で選んでクラシック音楽のレコードを購入した。 学生時代には4つのオーケストラの定期会員を掛け持ちし、自身、ピアノを弾く事もあって 数え切れない程のピアニストの演奏会を聞きに出かけた。 長じて本場のオペラハウスやコンサートホールにも通い音楽と共に人生を過している。(kazu)
・mizu
当会が主催するCDコンサートのオーディオ装置を担当。 高専時代のクラシック音楽鑑賞でベルリオーズの「幻想交響曲」を端緒として 音楽に係わるが、生来の機械好きが高じてオーディオの世界にのめりこむ。 若い頃は、在り物の装置(マッキントッシュのアンプにアルテックのスピーカー)で それなりに満足していたが、再生メディアがCDになった時、その再生音の 「芸術性の無さ」に違和感を覚え、音の研究に取り掛かった。 当会のCDコンサートは、「コンサートホールにおける感動」を凌駕することを目的としている。(mizu)
・Shimi=Kin
クラシック音楽に親しんだのは、高校時代に図書館と名曲喫茶でした。 アナログ世代ですから今でもLPレコードに愛着があります。 当会にはnobuに誘われ、名曲聞きくらべの夜会に顔を出してからで、もう20年以上になりました。 東京の演奏会にも行かなくなった時期がありましたが、最近はクラシックにくわえ、 演劇や歌謡曲等にも出かけています。(Simi=Kin)
・hatakeshun
1973年より龍ケ崎の隣町、牛久在住。2007年朝日新聞でゲヴァントハウスの存在を知る。 音を聴いて生ナマしい音にビックリ。 音源はほとんどFM放送のエアチェック。 小生もエアチェック派である。 仕事でもその関係の方々にお世話になった。 ライヴ音源をCD化する事業を展開しているアルトゥスの大川、斎藤さんコンビ、 NHKの辻本さん等に講演していただく事を提案。 次々に実現している。講師にお見えになる放送局、 レコード会社等の方々はゲヴァントハウスの音の良さ、スタッフの音楽・ オーディオに対する認識レベルの高さに驚いている。 小生もその一員であることを誇りに思う。特別ゲスト招聘と広報を担当。(hatakeshun)
・hidekame
ご多聞にもれず子供の頃に鉱石ラジオの組み立てから工作の楽しさに取りつかれる。 小学生で5球スーパーを組立て初めて出てきた音のシルビーバルタンの "アイドルを探せ"に痺れる。 高校時代はBCLからアマチュア無線へと高周波へ浮気をしたが、大学ではアルバイトに 精を出し真空管を買い集めてはオーディオアンプ作成し低周波へ戻った、 現在も続いている趣味である。 音楽はジャンルを問わず聞くが、クラシックでは、中学の音楽授業で聞いた 「アルルの女」のレコード再生音が忘れられず未だに記憶に残っている。 ゲヴァントハウスの存在は、とあるオーディオ店で知り合った友人より紹介され その素晴らしい再生音に惚れ込んでいる。 自ら測定したデータを重視していたが、改めて聴覚での判断の大切さを認識している、 現在DSD再生に取り組んでいる。(hidekame)
・sachi
北国より参加の、クラシック音楽暦22年の小僧である。 内、初めの3年程を除き、ほぼライヴ音源に時間・金・労力を費やして来た。 特にTV映像は、1990年頃からの約13年間集中して録画収集し所蔵する。 演奏暦は爪のアカ程度で、現在は専ら聴き専門である。 当会には、かけ出し時期にお世話頂いたnobuさんから2009年頃誘われ、 すっかり魅了してしまう。 「小生にお手伝い出来る事は無いか?」と思い、現在は当会所蔵のカセット音源の デジタル化を担当させて頂いている。(sachi)
・カラヤニスト(理事長)
今年(2015)から「高齢者」の仲間入りをしましたが気持ちはいつも若いです 中学時代にカラヤンの指揮ぶりにホレこみ大のファンになり 彼のレコードを収集しはじめました。 ちなみに彼が指揮する生演奏に初めて接したのは1966年のベルリン・フィルとの 第2回目の来日公演です。 以後、来日のたびに会場に足を運びました。 社会人になってからは海外にも足を延ばし「ザルツブルク音楽祭」や 1987年、ウィーン・フィルとの「ニュー・イヤーコンサート」も生で接し この時の感動は私の宝物です。
当サイト内で"カラヤニストのコンサート漫遊記"を連載しておりますのでご覧ください。(カラヤニスト)
・fumi
科学万博(1985)の年よりつくば市に住んでいる。 TX開通のおかげでバラの騎士もトリスタンも体験できた。 オーディオは自作派で小学校~高校は真空管、それ以降は半導体アンプだったが ネットのお陰で10年ほど前に真空管を再開した。 今は300Bや845、真空管OTL他でデジタル音源にアナログの響きを加えて楽しんでいる。 クラシック愛好歴は長いが同好の士を求めてネットを彷徨っていると 「ゲヴァントハウス」を発見、参加してみるとその選曲センスの良さ、的確で深い解説、 自然な響きを感じさせるオーディオと全てが揃っていてオキシトシンがいっぱい 放出される思いだ。当サイトの管理運営を担当。(fumi)
・sakahide
定年退職後4年が経過し,介護保険料を支払い,老齢国民年金の支給が始まる 年齢になり,高齢者の仲間入りの牛久市在住の小生です。 クラシック音楽は45年ほど前の学生時代にヴィヴァルディの四季で愛好家になりました。 社会人になってそんな趣味もほとんど遠ざかる状態になりましたが,50歳ころより 再び復活し図書館のクラシックCDをMDに録音し聴くようになりました。 またFM放送もMDにダビングし,名曲名盤を集めてきました。 しかし,そのMD装置が今は生産されてなく,CDのほかデジタルはWMAファイルを メインにミニコンポで聴いています。 定年退職後に当時アイエフと言っていたこのショッピングセンターに 買い物に来るたび気になっていたのですが,思い切って訪れてみて, 毎回この素晴らしい装置に魅了されています。また,スタッフの方の楽曲の説明や その背景などのお話に,音楽を聴くうえで大いに勉強になっています。 今年(2015)会長さんから声がかかって会員にさせていただきました。 ブラームス,ベートーヴェン,シューマン,シューベルトの交響曲や協奏曲, ピアノ曲が好きです。(sakahide)
・T0RU
クラシック音楽に魅せられて40年余り、2015年現在54歳。牡羊座のA型。 きっかけは、小学校5~6年の時、武蔵野音大の「新世界より」の実演でした。 小6の時、友人に紹介されたシュヒターの「第九」、 中学では、古楽器演奏の俊英D・マンロウのミサ曲「もしも私の顔が青いなら」、 高校では、佐藤真の合唱曲「土のうた」、 大学サークル仲間からは、モンテヴェルディの「聖母マリアの夕べの祈り」、 ホルストの吹奏楽の為の組曲1、2番。 これらは、特に思い出深い曲です。 当時、音楽への「接し方」を教えてくれた先輩がいました。 膨大な知識を惜しげもなく分配した「超人」で、特筆すべきは 「音楽にジャンルなどない」的な姿勢。 ローリングストーンズと、ブルックナーを同じ土俵で語り、 荒井由実の普遍性を語り、かたや「アッピア街道の松は、 オーケストレーションで曲の陳腐さをカバーしている」とバッサリ。 オールジャンルの音楽に対する懐の深さ、眼差しに感服。 今回、龍ヶ崎ゲヴァントハウスの皆さんと出会い、私の「音楽人生」に 新たな1ページが加わり、大変光栄です。(TORU)
・トーフ
自己紹介しろということなのでペンを取ります。 昔々、下総のとある片田舎で一人の男が産声をあげたそうな。
男の名前は豊島藤夫、どうして藤夫という名前がついたかと言うと、五月生まれなのだそうな。 私が生まれたとき、
庭先にそれはそれは美しい藤の花が咲いていたそうな。 それを見たじい様がこの花のように清く正しく美しい人物に
育ったらえーなーという願いを込めて名前をつけたそうな。 そんなわけでこんな美しい人物が出来上がったそうな(ウソ)。
じい様に名前をつけられてくやしかったのか私のとっつぁまはいろんなあだな (ニックネーム)をつけたそうな。
いわく、ラジオ、トーフ(藤夫の音読み)、アカフジ(垢富士、 風呂に入るのがきらいだった)詳しくは後日。
しかし、現在はレコード収集家(LP、SP、CD合計40,000枚以上所有)と 言われておりますが自分では「レコード芸術研究家」 もしくは「レコード再生芸術家」と称しております。
とにかくゲバントハウスの皆様の音楽に対する情熱の高さは「ビックリポン」や。(トーフ)
・Hippo.
高2の春の気怠い日曜、たまたま点けたTVで、展覧会の絵を演っていた。
点けて直ぐに曲名が判る程度には、クラシック音楽を聴き馴染んでいたつもりだったが、 好きな曲はあっても、演奏に違いがあるとは思っていなかった。
それが、好きでもない曲なのに、何で、チャネルも変えず、TVを消しもせず聴き終えたのか… たかがTVの音で、何で、涙を流すほどに感動していたのか…何で、何で… それが、チェリビダッケの演奏だった。
勿論、チェリの演奏、誰が聴いてもいい演奏かどうかは分からない。 少なくとも言えるのは、僕があの時、たまたまTVを点けていなかったら、今、 こんな暮らしはしていなかった筈。
恐らく、パーシー・ヒースのコレクタになっていたか、 矢野顕子のファンクラブに入っていたか、 生活向上委員会大管弦楽団の追っかけをしていたか… と思うと、今と大した違いがない気もするが。 (Hippo.)
Herzlich Willkommen auf der Web-Seite von Hippo.
・Roundone
音楽の実体験は小学校2年頃からピアノを習い始め中学校1年まで続けたことに始まったが、 実力は「エリーゼのために」レベルで終了。 中学時代は一時ブラスバンド部に所属し打楽器をたたいていた。 その後は鑑賞のみの音楽ライフを自己流で楽しんでいたが、 2016年6月4日の眞鍋圭子さん特別記念講演会ではじめて 龍ヶ崎ゲヴァントハウスの門をくぐらせていただく。 その講演会は会場満席の大盛況、 講演会終了後の眞鍋さんを囲んでの懇親会の中身も大変濃く、 メンバーの皆様方の音楽への情熱がみなぎっているのを感じ圧倒されてしまった。 これはプロ級マニア集団の会なのだ。 昨年はその後4回出席させていただき、メンバーの皆様の音楽、 音楽家への愛情が真に本物であり、過去・現在・未来における音楽情報、 データにも溢れ毎回々圧倒されるばかりであった。 今回末席に置いていただけることになり少々勉強をしなくてはいけないなと緊張気味である。 (Roundone)
・Yabu
戦国三英傑ゆかりの地より参加させて頂いています。クラシック音楽との出会いは小学校の音楽の時間でした。「音楽鑑賞」でベートーベンの交響曲「運命」を聴いて世の中にこんなに素晴らしい「音楽」というものがあるのか! この時からクラシック音楽との関りが始まりました。
1974年にNHK−FMで放送されたチェリビダッケ指揮シュツットガルト放送交響楽団でブルックナー交響曲第4番を聴いた時、今まで聴いてきた音楽と何かが違うと感じました。そして77年読売交響楽団客演演奏会初日、最初の曲メンデルスゾーン「真夏の夜の夢」序曲が始まった瞬間チェリビダッケの世界に取り込まれました。来日コンサートは可能な限り聴きに行き、チェリビダッケファンにとってはバイブルとも言える「CeLIST」を基にCD、CD−R等を出来る限り収集しました。「CeLIST」を作成された方が龍ヶ崎ゲヴァントハウスの会員とお聞きした時は大変驚きました。
一昨年、定年後の延長雇用も終わり時間が出来た事で現在はオーケストラを中心にコンサート通いに励んでいます。日本のプロオーケストラ全てを聴くのが当面の目標です。
龍ヶ崎ゲヴァントハウスとの出会いは2011年5月7日、会員のsachiさんに誘われて乙黒正昭氏の講演会「巨匠カール・ベームの想い出」を聴講しに例会を訪れた時でした。その後2016年5月7日眞鍋圭子さんの講演会、そして今年2019年4月20日東条碩夫氏の講演会と「良いとこ取り」で例会に参加していました。そんな状況にも拘らず「入会」の声をかけて頂き、自分のレベルでは皆様について行くのは困難なため辞退しようと思ったのですが会の魅力に抗いがたく、ご厚意に甘え入会させて頂く事にした次第です。(Yabu)
・ebishun
オーディオ、特にヴィンテージオーディオが好きでアルテックのアンプやスピーカーを愛用して来た。TADなど新鋭装置に浮気をしたこともあるがなかなか馴染めなかった。ヴィンテージ品は故障も多くなかなか維持が大変なところがありそれなりの苦労があります。リブラに立ち寄った際にゲヴァントハウスを知り顔を出してみるとmizuさん製作のオーディオ装置に魅せられてしまいました。新しいオーディオ仲間にも恵まれクラッシック音楽が楽しめるこの会の魅力にハマっております。(ebishun)
・ノブヤン
生まれは岐阜県岐阜市、今年の大河ドラマの舞台になっている美濃の国です。伊勢湾から北に広がる濃尾平野の北のはずれ、ちょうど山地が始まるあたりが岐阜市になり、金華山(稲葉山)・岐阜城(稲葉城)のふもとには鵜飼で有名な長良川が流れています。大学から東京に出て来て、そのまま千葉県柏市の中学校の音楽の教師として37年間勤め、その後の5年間の再任用も一昨年で任期満了となりました。現場にいた時は吹奏楽部などの顧問として、コンクールにも出ていました。そのコンクールでは、吹奏楽に編曲されたオーケストラの有名な曲を数多くとりあげては自己満足をし、その時に演奏した中学生たちの思い出に浸れることが、今の楽しみでもあります。そして、この龍ケ崎ゲヴァントハウスの驚くほど嗜好が合うその内容との出会いは、私の感性や好奇心の刺激となって、老化防止につながるのでは?と思っています。(ノブヤン)
・kumachan
小学6年の頃、いわゆるコンポが我が家にやってきました。中学時代、初めて買ったLPレコードは、イーグルス ホテルカリフォルニアだったと思います。高校時代はFM放送のエアチェックが日課でした。物理部オーディオ班に所属し、20センチフルレンジで長岡式バックロードホーンを作製、学園祭でレコードコンサートを開催し満足した記憶があります。本格的に音楽と向きあう切っ掛けは、レコード再生術の奥義を伝授して頂いた、仙台時代でのO師匠との出会い。レコード洗浄法、カートリッジの適正針圧の見極め方、レコード収集方法など、道を照らして頂きました。クラシック音楽を長く楽しむ為には、如何にオーディオが好きで機器を集める事が面白くとも、ソフトを集める事が重要、それを続けていく覚悟があるかと迫られたのですが...。 15年程前の事です、オーディオシステムを少しずつグレードアップするにつれ、同じレコードから、今迄聞いたことのない音楽が奏でられている事を何度も体験しました。
以上が私のオーディオ・音楽の原体験です。
いろいろな方との出会いにより、日々発見と気付きがグレードアップしています。
龍ヶ崎ゲヴァントハウスの活動を、hatakeshunさんとの出会いで知ることになり、今回入会させて頂く事になりました。色々勉強させて頂きたいと思います。
どうぞ よろしくお願いいたします。
オーディオ以外の趣味は、写真、茶道・珈琲喫茶法全般、製パン、手打ち蕎麦等々気になる事にはのめり込んでしまうタイプです。熊茶庵(くまちゃん)、徹美庵(トレビアン)、セバスチャンと各ジャンル毎にハンドルネームがあります。監督という呼ばれ方をする時もありますが、それは仕事上のものです。あと2年で定年になりますが、住宅建設の工事監督が日常の仕事です。卓越した防音性能を有した、音の響きがないオーディオルームを、単純なDIYで満足な響きを得られた例や、浴室のシャワーホースを引き出す度にガリガリとノイズが発生し、床暖の為に隣の寝室の床に開けられた換気ガラリから聴こえるなど音に関するクレームに対し、スピーカー工作の経験から消音ダクトを床下に作ったりとか、仕事上でも結構楽しい経験をしております。(kumachan)
・鮎瀬幸三
学生時代「音楽鑑賞部」に所属。 バロック音楽を中心に聴く。 一時リコーダーの演奏も試みる。 小田原の私立中高校に、68歳で退職するまで45年間奉職。 30代後半から50代前半小田原男声合唱団に入団、福永陽一郎氏の指揮で歌う。 退職後は、柑橘栽培と地域社会活動として民生児童委員活動。 この2年コロナ禍で生演奏を聴く機会に恵まれないが、CD・TV放送を通じてクラッシク音楽は常時聴いている。(鮎瀬幸三)
・モー
FMで聴いたクーベリックの「復活」、ミサソレでクラシック音楽(クーベリック)にのめり込みました。 クーベリックが縁で、名曲聴き比べ時代のゲヴァントハウスの会と出会い、先入観なしに音楽と向き合うことの大事さを覚えました。 最近、感性が摩耗気味なので、ブラッシュアップを目的に入会させていただこうと思っています。(モー)
・nirocla75
クラシック音楽、JAZZ、映画音楽、イージーリスニング等々幅広く、3.11以降はレコードをかける頻度は少なくなりましたが、現在ネットでクラシック・ラジオ(アリゾナkuatFMとロンドンclassicFM)をBGMにして、英語の勉強も兼ね一日中音楽三昧。何といっても「ゲヴァントハウス」の名前が気に入りました。クラシック音楽を聴くきっかけは、NHKホールでのカラヤンでした。nirocla75は、26歳でクラシックを本格的に、現在75歳の意。(nirocla75)
・Kakuchan
こんな歳になって、遅れて入会させていただきます。当会を知ったのは音楽好き、本好きの友人に龍ヶ崎でこんな会があるよと紹介してもらった時です。そして、初めて例会に参加させていただきました。2011年の例会だったようで、乙黒正昭氏の講演会「巨匠カール・ベームの想い出」だったようです。もう12年も経ってしまったのですね。すぐに入会させていただきたかったのですが、ステージの上の超立派なオーディオ、また怖そうな(当時はそう見えました)メンバーに怖気づいてしまい、果たせませんでした。それで、昨年上梓に至った拙著「クラシック33名盤へのオマージュ」をお土産に、入会を申し込みました。新年度より正式メンバーに加えさせていただきますが、2月例会の折、皆様に温かく接していただき、さらに二次会まで誘っていただき感激でした。高校半ばまでは写真、それ以降、音楽が徐々にドミナントになってゆき、大学生の折はダイアトーンP610A一発を不細工な自作箱に入れて、オーディオ事始めがスタートしました。大学院に進んで、ますます音楽の深みに入って行き、修了後、何とか就職が内定したので、思い切ってヨーロッパ音楽無宿を試みました。1980年米国留学で俄然国際的な活動が増え、海外でいろんなオペラやコンサートに接することができました。現在、音楽もオーディオもますます面白くなり、酒もますます美味しく、それとテニスの3本柱で生きております。これから皆さんの音楽談義に加えていただけるかと思うと、こんな嬉しいことはありません。66の手習いで現在、チェロのレッスンを受けております。音楽は聴くに限ると反省しきりです。(kakuchan)
・Ken
小学校の頃、ベートーベンの「皇帝」(ケンプ/ライトナー/ベルリン・フィル)と、ロッシーニの「ウィリアム・テル」序曲のレコードを聴いて、クラシック音楽に開眼しました。「皇帝」は私の母が「英雄」と間違えて手に入れてくれたものでした。中学生になり、今はなくなってしまった五反田の簡易保険ホールで、日本フィルの名曲コンサート(1986年、中村紘子の「皇帝」、オッコ・カムの「新世界」)で、初めてオーケストラの生音に触れ、感激しました。学生時代はアルバイトをしながらコンサートに通い、楽器初心者ながら学生オケでビオラを担当。「ken」は学生時代のあだ名で、高倉健さんの「渋さ」に由来しているようです(自分はそう思わないのですが)。2023年3月の「生誕100年サヴァリッシュ」特集の回で初めて参加させていただき、演奏・録音と再生音、プログラム解説、会員の皆様の幅広く深い知見や体験談に魅了されました。音楽以外の趣味は日本史(仕事?)とお酒(最近は控え気味?)。これからも特に私が生まれる前の演奏やエピソードを拝聴できることを楽しみにしています。(Ken)
・kashitake
当会はクラシックのHPを探索し見つけました。自宅が柏ということもあり、いつか例会を聴きたいと思っていました。今年(2023年)春に初めて参加し、皆様の博識とオーディオシステムに驚き、ぜひ末席に加えさせていただきたい、と思った次第です。クラシックへの興味は、中学のとき故郷群馬で群馬交響楽団の第九を山田一雄氏の指揮で聞き、非常に感動したことがきっかけです。その後レコード・CD・コンサートと聞き、中高は吹奏楽(下手でしたが)・大学で合唱やオケ付きの曲(バッハ・ブラームス等)での合唱を経験しました。その後社会人になり主に東京が勤務地でしたので、暇を見つけてはコンサートに行っていました。マタチッチ氏N響の最後の演奏会(高校卒業時)、新国立劇場の神々の黄昏(飯守氏&読響)、デュトア氏N響の戦争レクイエム・ペレアスとメリザンド、等々印象的です。最近もパリ管、デュトア氏大阪フィル・新日フィルを聴き感動し、ライブはいいなあ、と思っています。オーディオはラジカセで始まりその後SONYの単品コンポを買ってもらい、‘81年から‘88年ころまではマメにエアチェックしていました。その後就職し寮社宅住まいとなり止め、カセットも散逸しました。本会の膨大な素晴らしいエアチック資産はまさに「世界遺産」と感じます。6年前に単身赴任で尼崎市に移ってミニコンポで聴いていました。しかし単身マンションの知り合いの高級オーディオを聴き触発され、中古オーディオ(80~90年代物)でシステムを組みはじめ、試行錯誤してようやくシステムが安定した状況です。休日は最近収集しているCDに浸っております。録音環境での違いやリマスターの違いなどもあり興味が尽きません。クラシックは聴くのに時間がかかるため、他のジャンルを聴く暇が無いですね。(kashitake)
・yasu
小学生の時に母から買ってもらった田園交響曲のレコードがきっかけとなりクラシック音楽の虜になりました。それ以来ベートーヴェンの交響曲は小生にとって心の支えとなって現在に至ります。5年前にサラリーマン生活を卒業し音楽仲間と趣味を共有してみたいと考えていた時この団体の存在を知りました。クラシック音楽を人に聴かせたり広めるという活動に大いに賛同いたします。皆様の音楽知識には足元にも及びませんが今後ともよろしくお願いいたします。(yasu)
・Isamu
団塊の世代、クラッシクはこのハウスで教わった。音楽にスケールがあることが分かった。作曲者、演奏家、指揮者の三つ巴の土俵。化学関連の仕事をしてきました。(Isamu)