hatakeshunのひとりごと(口直しにカール・ニールセンはいかがですか……。)

カール・ニールセン、1865年デンマーク生まれである。

同じ北欧のシベリウスも1865年生まれである。

ニールセンは6曲の交響曲、シベリウスは7曲の交響曲を残した。

なぜか、シベリウスに比較するとニールセンの交響曲は演奏される機会が少ない。

その原因の一つにニールセンの交響曲が著名な指揮者による良い演奏に恵まれなかったということがあるのではないだろうか。

2010年から2011年にわたって録音された、パーヴォ・ヤルヴィ指揮・フランクフルト放送交響楽団によるニールセンの交響曲第3番から第6番を聴く。

小生にとってはどれも初めて聴く曲だったが面白かった。 パーヴォはニールセンの交響曲について「20世紀で最も独自の個性を持っております。 時代を先取りした交響曲でした。 当時の聴き手には理解できなかったかもしれません。 伝統的な音楽とは異質であり、当時の時代思潮ともかけ離れた音楽だったのです」と語っている。

しかし、聡明なパーヴォによるニールセンの演奏は理解できないどころか、ベートーベンやブラームスの延長にあるように自然に聴こえた。 4曲とも4楽章形式で時間が30分から40分というのも伝統路線であり、シベリウスよりも伝統を踏襲しているといって良い。

交響曲第3番には「広がりの交響曲」という表題がついている。 第一楽章はベートーヴンの「運命」ダダダダーンを思わせるような主題からはじまり、この主題が次第に広がりを見せる。 第2楽章ではソプラノとバリトンの声が入る。第4番には「消し難きもの“不滅”」という表題がついている。終楽章で2つのティンパニーが音楽的な戦いを演じる。 ニールセンは「生の力、生きんとする消すことのできぬ意志」を表現した。 第5番では第1楽章で小太鼓が音楽を破壊するように独自の活躍をする。 終楽章では戦さ(第一次世界大戦)の悲惨さを描写する。 第6番には「素朴な交響曲」という表題がついている。 いくらかの悲しみ、いくらかの怪奇、いくらかの諧謔へと展開していく。 パーヴォは「まるで聴衆に“あかんべー”と舌を出しているようです。 演奏するのが実に難しい。天才の作品。私の大好きな作品です」と語っている。

 ベートーベン、ブラームス、ブルックナーでお疲れの後、口直しにニールセンをお勧めしたい。 新たな音楽の世界が広がること確実である。

カール・ニールセン(インターネット画像から)