ウィーン・アコースティックT3G-Bで「Misia」を聴く

あと千回のクラシック音盤リスニング(18


〜ウィーン・アコースティックT3G-Bで「Misia」を聴く〜

Misia ‐tanto menos tanto mais-
(BMG BVCP-901)


我が憧れの街、ウィーン!そのウィーンも、もういいか、みたいな気分になっている。その最大の理由はウィーン・フィルで聴いてみたい指揮者がいなくなったことである。
代わりと言っては何だが、一度行ってみたいと思う街の一つにリスボンがある。そこで、数晩ファドを聴いてみたい。鰯の炭火焼を肴に、白の安目のワインを飲みながら、哀愁帯びた歌姫達の艶歌を聴いてみたい。
ファドを聴き始めたのは定番のアマリア・ロドリゲスを知ってからである。そのことは前に「トラベル・オーディオ」のところで書いた。

ここで、話変わって先日龍ヶ崎ゲヴァントハウスの楽友数名が「鴨川加来亭」に来訪された。「亭」などと称するものの、たった二間の空間である。来訪者は皆、音楽に狂った人たちではあるのだが、半数はオーディオにも嵌っているメンバーである。
宴も夜の部に入り、盛り上がっている折、ふとスピーカーのまだ開封してないのがあるともらしたところ、自称「電気屋」のEさんが即座にセットしましょうと提言、他のメンバーのアシストもあって、あっという間に聴ける状態となった。ウィーン・アコースティックT3G-Bの登場である。
実はこのスピーカー、所謂トール・ボーイというタイプで高さが約1m、重量も約30㎏である。その高さと重さのため、リスニング・ルーム(単なるサン・ルーム)まで運び込む気が起きなかったのである。考えてみると、玄関の狭いスペースに箱に入ったまま、眠ること2年近く。それがあっという間に組みあがったのだ。めでたし、めでたし!
その高さと重量もさることながら、私はトール・ボーイという形状が好きでない。狭い部屋でエンクロージャーの容積を稼ぐにはこれしかないのかもしれないが。
さらにその形態自体が墓石のようである。トール・ボーイ・タイプでも正にそういう形としか見えないものもある。おまけに中古で買ったので、色が選択できない。私はこのスピーカー・メーカーのS-1というブックシェル・タイプをまだ有しており、これがとてもよい音を出す。名機とも言ってよい。そして、このメーカーの特徴としてエンクロージャーは基本濃い目のローズウッドで、私のS-1もこの色である。ところが今度のT3G-Bはピアノ・ブラックである。この色が気に食わない。
ブラックというのはセンスある人が選べばインテリアのバランスも洒落た雰囲気が醸し出され、悪くない。しかし、この墓石型形状、おまけに黒となると気が滅入ってくる。

そろそろ音楽の方に移って、先週、時間の余裕があって再び、鴨川にやって来た。そこで、とにかくこの導入スピーカーを試聴しまくった。気になって仕方なかったのである。購入してよかったのか、後悔するのか。前回の試聴では、やはり古女房、即ちハーベスHLコンパクトに惚れ直した。しかし、何となく気になるこのT3G-B。
そして、今回試聴したこの1枚で評価が逆転した。その1枚とは「Misia ‐tanto menos tanto mais-」である。
これは新世代のファドであるのだが、2000年前後何度かヨーロッパを訪れた際、ベルギーの友人マーセル宅で出会ったCDである。マーセルは私が国際稲研究所で勤務し始めた1986年来の友人で、未だお互い往き来する間柄である。
彼の部屋にはB&WとかNaimとか結構名の通った英国製のアイテムが置いてあるのだが、オーディオの面で負けたという記憶はない。石造りの家なのに、もやもやした情けない音しか出ない。

それはともかく、彼も基本クラシック音楽がメジャーなのだが、インドの楽器シタールを習っていたり、各国の音楽に興味を持っており、彼のお気に入りの1枚なのであろう、このCDをかけてくれたのである。食後にコニャックを舐めながら、とてもいい雰囲気だった。そして、哀愁帯びた第1曲、「MISTERIOS DO FADO」にやられてしまった。
その「MISTERIOS DO FADO」をT3G-Bで聴き始めた。そして、再びやられてしまった。この歌手の唇の動きまで見えるようなリアリティー!オーケストラでいうと、S席の中央から6列ほど前に移動したような聞こえ方。
加えて低域の差も著しい。2発のスパイダー・コーンが効いている。余裕のエンクロージャーなので、伸び伸びとした低域が蠱惑的に響く。
そう低域なのである、ハーベスでちょっと不満があるのは。そのため、スーパー・ウーファーを足す試みもやってみた。かっての教祖・長岡氏が褒めていたヤマハの小型のサブ・ウーファーを引っ張り出して、ラックスCL40の二つあるPre out端子からPre out 2をサブウーファーに接続する。
確かに低域は増強されたかもしれない、しかし同時にハーベスの魅力も激減したような音になってしまうのである。難しいものである、調整を重ねれば改善されるのかもしれないが。それで、Fostexの20cmか25cm径のサブウーファーを導入しようかと何度も迷ったが、迷っているうちにT3G-Bがオーディオユニオンで驚くほど安い価格で出ており、清水の舞台から飛び降りたのである。
私は家人に「俺の最後の我儘を聞け」と、定年退職の折、宣言した。これは楽友であった所属研究所のI理事長にならったやり方である。理事長はそう宣言して、タンノイのカンタベリー15を買われたそうである。「俺の我儘」と言っても、さすがに200万近いカンタベリーはとても無理である。そこで、私が選んだのがソナス・ファーベルの「クレモナ」であった。30余年、研究職として何とか定年を迎えたのだ、それくらい許されるだろう。
「クレモナ」、そう決心して秋葉原に出向いた。そこで、テレオンの第4店を覗くと、タンノイのスターリングTWW の中古が出ていた。とても綺麗な個体であるのだが、フロントグリルにユニットに沿った隈が出来ている。徹夜した後のマダムみたいである。
懇意の店員に相談すると、クリーニングですぐ消えますとのこと。そこで、とりあえず前座として購入する。これは家内が留守をする日を選んで、配送をお願いする。
届いたスターリングを書斎に運び込み、まずヴィオッティのヴァイオリン協奏曲第22番を試聴する。これは、タンノイの同軸型ユニットの高域が金属ホーンなので、こんなユニットからヴァイオリンのまともな音がするはずがないという先入観から、まずは試しというアクションである。
長めの前奏は厚みのある美しい音が出て合格。さて、グリュミオーのヴァイオリン・ソロの登場である。これが惚れ惚れとするようないい音である。しかも全体の骨格がしっかりしていて、文句なしの音である。スケールが大きく押し出しが立派、音の厚み、格調の高さ。正直、そのスターリングの音を聴いて、これ以上の音は要らないという結論に至った。
ところが、定年退職となるはずだった私に民間会社から研究顧問のオファーの話が来て、私は何と定年を前にして千葉県木更津に単身赴任となってしまった。
再び秋葉原である。その目的は単身赴任用のアパートのためのスピーカー選びであった。新品の「クレモナ」の購入予定が中古のタンノイ・スターリングTWW(約16万円)で済んだので余裕で好きなスピーカーを選べるはずだが、またしても貧乏人根性が出てしまいハーベスHLコンパクト(これも中古。懇意のテレオンの店員の推薦)を選んでしまった。
しかし、鳴らしてみるとセカンド・システムにはもったいないほどいい音で鳴る。しかも単身赴任のメリットで、自宅では少しボリュームを上げると天敵(=家人)から「ご近所迷惑ですよ」とリミッターが入るのであるが、アパートはほぼノー・リミット、晩酌しながら聴けるので、「天国だあ」みたいな気分になったものである。
その木更津から鴨川への移住の話は省くとして、ずっと単身赴任が続いて現在に至っている。
その単身赴任リスニングの核がハーベスHLコンパクトであった。そのハーベスは金属製エンクロージャーとは対極の位置にある薄目の板のエンクロージャーなので、ふくよかな音を奏でる。しかし、ハーベスなので、ちゃんとモニター的な面も持っている。ハーベスの初代オーナーであるダッドリー・ハーウッドからその後継者となったアラン・ショー、最初のスピーカーを開発するに当たり、音決めに迷っていた時、彼の長女の声を再現して確信を持ったというエピソードがある。
なので、弦もよいが、女性ヴォーカルがいい。ブックシェルフの30㎝前後の高さではなく、52.5cmなので、余裕の鳴りである。
スピーカーというのは奥が深い存在である。人間と同じというか、似た面が沢山ある。初印象も大事だが、本当に理解するには時間がかかる。そいう意味ではハーベスのHLコンパクトは素晴らしい。奥ゆかしいのだが、チャーミングである。一番大事な中域がふくよかで、それにぴったしの高い方と低い方のスパイスで味付けしたような魅力的な音がする。次の製品がコンパクト7、そして未だ後継機(現在はHL-Compact 7 ES-3 XD)が売られているのである。
しかし、初代HLコンパクトがベストという人も多い。これは高域用ユニットとして、フランスのオーダックス社製の2.5cmハードドーム型ツィーターが採用されているためらしい。このユニットが供給不可能となり、コンパクト7に移行したらしいのである。
このスピーカーは1本脚の専用スタンドに載せているのだが、このスタンド含めてHLコンパクトはデザインがよい。普通の箱型のスピーカーなのだが、一目見てハーベスと分かるアイデンティティー。そう惚れているのである。音にも姿にも。
しかし、悪魔のようなウィーン・アコースティックT3G-Bの導入により、ちょっとやばい状況ではある。
再度、Misia ‐tanto menos tanto mais- をCDプレーヤーのトレイに載せる。うーん、これもいい。全体の音の厚み、低弦の伸び、何より唇の動きが見えるようなリアリティー!
全体としてもスケールが増し、こんな楽器も鳴っていたのかというような解像力。高域の相変わらずの美しさに加えて豊かな低域、つまりハーベスでやや物足りなかった部分が解消されたのである。
先週末、二人の老友がやってきた。このペアーの片方のN氏がクラシック&ジャズのマニアで最近B&Wのスピーカーを導入してオーディオ面でも進化している。
このN氏がT3G-Bをべた褒め、そして近くの居酒屋での酒宴の後、酔った勢いで古女房のハーベスに惚れているのならT3G-Bを自分に譲れと繰り返す有様。いや、このT3G-Bには潜在的能力を感じているので、渡せないよと言うと、「では、遺言にNに安く譲る」と一筆加えろとしつこく迫ってくる。いや、スピーカーというのはそう短時間で評価できるものではない。断じて「ない」。しかし、ジャズも聴く彼にとってブルンブルンと迫って来るベースの音はエッセンシャルに違いない。私も今度はマーラー第3交響曲の第一楽章を試聴したくなってきた、メータ指揮ロサンゼルス・フィルのDECCA盤で。
早く第3回目の試聴に行かねばならないのだが、T3G-Bが忽然と消えているのではみたいな妄想に襲われることしきりである。

(参考)
Misia –tanto menos tanto mais- を聴くためのオーディオ

〇スピーカー:ウィーンアコースティック(Vienna Acoustics)3-B
〇CDプレーヤー:ラックスD-7i
〇プリアンプ:ラックスCL40
〇パワーアンプ:Quad 405


左側のハーベスHL Compactで聴く女性ヴォーカルは艶つぽく素晴らしい。プリアンプは1980年代前半の真空管アンプであるが、これがハーベスの魅力をサポートするというよりエンハンスする。CL35からCL360に至るラックスの真空管プリ・アンプ群は弦や女性ヴォーカルが艶っぽくとても魅力的である。
パワーアンプはQuad 405Ⅱで、他にいくつかあるが、この小型のパワーアンプが一番気に入っている。音量を上げない限りAクラスで作動する。このコンパクトで魅力的なアンプを手にすると、大型の、持ち上げるのに苦労するようなパワーアンプを生産する日本や米国のオーディオ界のコンセプトには疑問を感じずにはいられない。しかし、私が尊敬していたオーディオ評論家・金子英男氏はQuad社はあんないいスピーカーを作るのに、アンプは良くないと批判的であった。私はプリは33、44、66と3世代使ったが、「足るを知る」みたいな、渋い、しかし飽きないという、いかにも英国紳士みたいなアンプという印象を持った。しかし、405Ⅱは素晴らしいと思う。
右側が今回試聴に至ったウィーン・アコースティックT3G-Bである。正面から見るとスリムなのだが、奥行きが33cmあり、豊かな低音が響く。2発のスパイダー・コーンが効いている。中高域も美しい。まだ発展途上段階で、これからの追い込みが楽しみである。ジャズではブルンブルンと、逞しいベースのサウンドが聴ける。
Misia –tanto menos tanto mais-はMisiaの哀愁帯びたヴォーカルに加え、ポルトガル特有のギターラはじめ多彩な楽器が鳴り響き、オーディオ・チェック用としても重用しているソフトである。