モーツァルト:クラリネット協奏曲イ長調K.622
モーツァルト:クラリネット協奏曲イ長調K.622
あと千回のクラシック音楽リスニング(46)
モーツァルト:クラリネット協奏曲イ長調K622
〜 My new year music 2026: 穏やかな新年を迎えて聴くモーツァルト晩年の傑作 〜
デイヴィッド・シフリン(Cl)、ジェラード・シュワルツ指揮モーストリー・モーツァルト管弦楽団 DELOS D/CD 3020

私の今年の「聴き初め」は今年も全く同じパターンで、最初にバッハの無伴奏フルートのためのパルティータBWV1013、次にバッハの無伴奏チェロ組曲全曲であった。
天気のよい静かな正月3日間、その穏やかな空気を味わうように取り出した1枚のCDがあった。モーツァルトのクラリネット協奏曲である。
これが正月にふさわしい音楽かと問われると、否となるのかもしれない。わが国の「わびさび」にも通ずる枯淡の境地みたいなもの、どう見ても「未来」とか、「希望」とかに結び付くような音楽ではない。ただひたすら沈潜する方向に進む音楽である。しかし、「絶望」とか「厭世」とかとは無縁で、それらを超越した「明るさ」をも感じてしまう不思議な音楽である。かの最後の変ロ長調のピアノ協奏曲(K.595)に似たような世界に入り込んでいるとも言えようか。一言で表すと「幽玄」だろうか。
私にとって、クラリネットと言う楽器が管楽器の中では最も好きな存在である。人間の内面を最もよく表現できる楽器だと信じてやまない。そして、モーツァルトとブラームスが名曲を残してくれた。これ以上、何を望もうかである。
クラリネットの名曲はモーツァルトではアントン・シュタードラー、ブラームスではリヒャルト・ミュールフェルトという名人との出会いから生まれている。
シュタードラーはクラリネットの名人ではあったが、モーツァルトの悪友で、晩年の貧乏だったモーツアルトに金の無心を行うような人間であったらしい。だが、モーツァルトが傑作を産み出す媒体となり、協奏曲や五重奏曲だけでなく、ピアノ協奏曲3曲(K482、488、491)、「ピアノと管楽器のための五重奏曲K452」などの作曲に関与したようだ。
それらの中でも際立った傑作とされているのがクラリネット五重奏曲K581とクラリネット協奏曲K622である。
大学生時代、当時は500円ほどの17cmLPというのがあった。2000円前後のレギュラー盤はなかなか買えなくて、結構な枚数買い込んだものである。その中に1枚にレオポルト・ウラッハがウィーン・コンツェルトハウス四重奏団と録音したモーツアルトのクラリネット五重奏曲があった。疑似ステレオのウェストミンスター盤で、貧相な当時の装置でも音の悪さは即座に認識できた。ところが、その1枚に私は惚れてしまった。毎日、とくに深夜に聴くことが多かったのだが、病膏肓に入り、当時結構人気があった「ステレオ芸術」という雑誌にエッセーを投稿してしまった。その雑誌には長めの読者投稿欄があり、音楽評論家による講評まで加えられていた。その原稿は採用され、生まれて初めて原稿料なるものをいただいた。その額は2000円で、税金が引かれて1800円だった。
そして、その五重奏曲の流れでクラリネット協奏曲に辿り着いた。これはオペラ「魔笛」と「レクイエム」の間に作曲されたのである、傑作でない訳がない。 しかも、五重奏曲で下地は出来上がっているのである。
このクラリネット協奏曲、買い込んだのはやはりウラッハの独奏、アルトゥール・ロジンスキー指揮ウィーン国立歌劇場管弦楽団による、やはりウェストミンスター盤であった。これも愛聴した。愛聴はしたものの、何回聴いても、五重奏曲のレベルには達しなかった。
そして、やがてジャック・ランスロ盤に移行した。フランス風の軽みのある、飄々とした演奏で、悪くはないがやはり心の底に染み入るような存在とはならなかった。
本当に愛聴のレベルに達したのは次に手に入れたデイヴィッド・シフリン盤である。
その変遷を考えてみると、演奏はもちろん大事であるが、もう一つの要因は録音であると確信する。録音、それにオーディオもとても大事なのである。実際、その変遷はモノーラル、アナログのステレオ、そしてデジタルのステレオなのである。
そのデジタル録音のシフリン盤、私のCD棚には結構な数のこの曲のCDが並んでおり、ウィーン・フィルのトップだったアルフレッド・プリンツの独奏、バックがカール・ベーム指揮ウィーン・フィルなどという録音が存在すると、それが決定盤となりそうなのだが、いやこれはCDではなくアナログ盤で所有しており、ジャケットがまた素晴らしいのだが、ウィーン風に美しすぎるという印象で、現在、最も取り出す回数が多いのはやはりシフリン盤である。
録音では少し緩んだ感じのプリンツ盤なのだが、前コラムで紹介したミュンヘン大学に留学していたW氏はベームとウイーン・フィルで、このクラリネット協奏曲と交響曲第40番のコンサートを聴いたそうで、それは彼のコンサート経験で最高のものであったらしい。
さて、シフリンは名前や容貌からしてユダヤ系と思われる。彼は「extended range clarinet」、つまり広帯域クラリネットを使用しており、それがオリジナルのバセットホルンに近い響きというのもあるかもしれないが、とにかく表現力が豊かである。とくに、クラリネットの音が下降してゆく時の陰影感、膨らみが魅力的である。ここがたまらない。
この作品は第一楽章の軽快なアレグロも、何とも表現し難い「寂寥感」が漂う、その一つの大きな要因がクラリネットの下降音ではないかと考える。それにアマデウス特有の絶妙の「転調」、これらの要素がとてもうまく処理されているのがシフリン盤なのである。
シフリンはユダヤ系と推察してしまったが、ヴァイオリンと同様にクラリネットもユダヤと関係が深い楽器である。これは映画「屋根の上のバイオリン弾き」を観ていただければ即理解していただけるであろう。
ユダヤ系の映画監督ウディ・アレンもクラリネット愛好家である。さらに、レナード・バーンスタインの最初に出版された作品はクラリネット・ソナタである。デイヴィッド・オッペンハイム(このクラリネッティストもユダヤ系に違いない)のソロ、バーンスタインがピアノを弾いた録音が残されている。
また、シフリンのこのコンチェルトの録音でバックをつとめているジェラルド・シュウオーツ指揮モーストリー・モーツァルト管弦楽団もよい。アメリカのオケにありがちな力ずくの、デリカシーを欠いた響きではなく、ナイーブな音を奏でている。
さらに、このDELOS D/CD 302というCDには五重奏曲K581も併録されている。これがまた素晴らしい。中でも第二楽章のクラリネットと第一ヴァイオリンの対話、ここでシフリンの相手を勤めるのがアイダ・カヴァフィアン(Vn)である。彼女はこの曲のスペシャリストで、リチャード・ストルツマンを中心としたタッシ(TASHI)四重奏団のメンバーによる演奏も素晴らしいのだが、そこでも登場している。但し、この折は第二ヴァイオリンで、私が1981年にエアーチェックしたサンタフェ室内楽音楽祭でのK581の演奏ではカヴァフィアンは同様に第二ヴァイオリン、このCDの録音ではようやく第一ヴァイオリンに昇格している。私はウイスコンシン州マディソンで彼女の演奏に接している。ウオルター・トランプラー(Va)に睨まれて神妙に弾いていた。
さて、今年の新年、昨年末からの長い連休となって、毎日のように長時間タンノイ・スターリングTWWと向かい合うこととなった。ラックスCL-36とQuad606の組み合わせで鳴らすとふくよかなよい音を奏でる。まず姿形がよい。近年のスターリングのような縦長ではなく、横幅が約50cmあり、高さが70cmと理想的なサイズである。大震災の折には上の棚から多数のCDが落下して天板は傷だらけになったが、時間とともに傷がほとんど消えてしまった。不思議である。
それで、この正月休みに何を聴いたのか、まず昨年の例会以来、沖澤のどかを聴きまくっている。あのボストン交響楽団デビュー・コンサートのライブ、何度聴いても素晴らしい。あのドヴォルザークの第七交響曲、私は第九と第八に比べると魅力が足りないと感じており、これまで重視することがなかった。そもそも、レコードにしたって最初から廉価盤でしか購入しなかった。番号が13で始まるCBSソニーの1300円のセル指揮クリーブランド管のLPレコードである。次に、購入したのがラファエル・クーベリック指揮ベルリン・フィルによる、これもLPレコード、それでお終いなのである。いや、CDも1枚あった。しかし、これはカルロ・マリア・ジュリーニ指揮コンセルトヘボウ管によるもので、彼の録音の集大成BOXに入っていたに過ぎない。
ただ、ひょっとするといい曲かなと思ったのが、品川駅でNHK‐FMをヘッドフォンで聴いていた演奏、おやじの方のヤルヴィがN響を振ったライブである。
しかし、今回の沖澤の指揮はまずもって新鮮、音楽が湧き出て来る。テンポの操作が自然、あざとさがなく、自然に理想的な形でクライマックスに至る。会場で聴けたなら、さらに感動したに違いない。
ただ、実況を勤めるアナウンサーが素人っぽく、魅力的ではない。かつては、ニューヨーク・フィルはマーティン・ブックスパン、シカゴ響はノーマン・ペレルグレーニ、ロスアンゼルス・フィルはゲイル・アイケンポールといった名物アナウンサー兼プロデューサーが番組を仕切っていた。
それから五嶋みどりのアンコールの後、久しぶりにジェイ・エス・バックを聞いた。つまり、J.S.Bachなのである。米国ではちゃんとヨハン・セバスチャン・バッハと発音する人もいたが、大抵バックなのである。ヨハネ受難曲はSt John Passionである。犬の名前みたいで、何となく違和感がある。
元旦は恒例のウィーン・フィルのニュー・イヤー・コンサートを聴くと言うか、観る。今年の指揮はヤニック・ネゼ=セガン、悪くはなかったが、指揮者に合わせたような優しい、明るい曲ばかりだったのがやや不満、あのようなプログラムを全部、暗譜と言うのは凄かったが。ただ、解説では沢山のメッセージが含まれた作品が多く、多彩な内容であったようだ。最後のラディッキー行進曲では新しいウイーン・フィル編曲版が採用され、コンプライアンスの時代も大変だ、というのが実感。それから、聴衆は総立ちだったが、座って聴いて下さいよ、と言いたくなった。お祭りになり過ぎて、何となく落ち着かない。
私的にはヨーゼフ・シュトラウスの短調系のポルカ・マズルカを少し混ぜて欲しかった気がする。しかし、ニュー・イヤー・コンサートではどうも短調系の音楽は人気がないようだ。拍手の音がとたんに小さくなってしまう。かつて、メータが振ったコンサートではシュトラウス二世の「女性賛美」が演奏された。これはパリで初演されたが、パリの聴衆はその憂愁を帯びた旋律にとまどったという。私はとても気に入ってCDを探したが1枚物では見つからず、ついに12枚組のBOXを購入することとなった。それから、私はこの「女性賛美」は実はヨーゼフが作ったのではと疑っている。
元々はウィーンのローカルなイベントであったニュー・イヤー・コンサート、クレメンス・クラウスに始まり、長年にわたってウイリー・ボスコフスキー、次いでロリン・マゼール。そして、1987年にカラヤンが登場。以来、有名な指揮者が登場し、世界標準化が進んでいる。
楽員にしたって女性のメンバーが目立ち始め、遺伝的には日本人のDNAを有する人が6名もいるそうである。
しかし、どうなのであろう。かつて、女性は入れないとか、ウィーン国立アカデミー出身者限定など暗黙の了解みたいなものがあったらしいのだが、人権団体の圧力で門戸が開かれ始めたようだ。しかし、文化と言うのは歴史であり、ウィーン・フィルのサウンドを守るために抵抗してもいのではと私は考える。もう、かつてのウィーン・フィルの音ではなくなっているのだ。技術面では高度化されて、立派なオケがさらに進化しているのだが。
もう大分前の話になるのだが、つくば国際音楽祭でウィーン・フィルの新コンサートマスター、フォルクハルト・シュトイデ氏と彼のリサイタル後のワイン・パーティーで話す機会があった。ワインでいい気分になっていて、「あなたはハプスブルク家のテリトリー外からコンサート・マスターになった最初の人ですよね」と、私は褒め言葉のつもりで言ったのだが、彼はそのようなことを言われるのは心外みたいに反論して来た。彼はライプチッヒ生まれなのだが、調べてみると、ウィーンでアルフレート・シュタール教授の下で更に研鑽を積んだようだ。いずれにしても、彼の才能や経歴がベースにあったにしても、これも時代が後押しした結果とも言えるのではないか。
名コンサート・マスターだったゲルハルト・ヘッツエルはウィーン国立音楽アカデミー出身者ではなかったが、コンマスを務めたヴォルフガング・シュナイダーハンの直弟子であるため、全員一致による就任であったそうである。それに、生国ユーゴスラビアはかってはハプスブルク支配下にあったので、それも関係しているのかもしれない。さらに、ベームの強力な後押しがあった。
そのように時代は動いているのである。このドラスティックな動きを見ていると、将来的には日本人のDNAを有するウィーン・フィルのコンサート・マスターが現われる日も遠くはないであろう。楽しみである。

