ヴェルディ:歌劇「イル・トロヴァトーレ」
あと千回のクラシック音盤リスニング(47)
ヴェルディ:歌劇「イル・トロヴァトーレ」
〜 コレッリの名唱とカラヤンの”乗り”を楽しむオペラの名盤 〜
フランコ・コレッリ (T) 、エットーレ・バスティアニーニ(Br)、レオンティン・プライス(S)
ジュリエッタ・シミオナート(Ms)他
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、
ウィーン国立歌劇場合唱団
CD: DG 447 659-2(輸入盤)

このところ、いや随分前からオペラとは疎遠になっている。
やはりオペラは劇場で接したい。CDやレコードで全曲を聴くのは結構つらくなってきた。
ところが、先日CD棚を整理中、ヴェルディ「イル・トロヴァトーレ」のカラヤン指揮のライブ盤が二組出て来た。
一つは1962年、ザルツブルク音楽祭での公演、もう一つは1978年ウィーン国立歌劇場への復帰公演で、これは映像版を即購入した記憶がある。
それで、その二つを聴いてみて、今嵌っているのがザルツブルク音楽祭でのライブ盤の方である。1962年だと言うのにモノーラル録音である。ORFの怠慢に腹が立つ。いや、まだ戦後の経済的な疲弊状態からの回復が遅れていたのかもしれない。もう少し後になるが、ドイツでさえ、バイロイト音楽祭の録音テープは継ぎ接ぎだらけだったと五味康祐は書いている。
それはそれとして、ウィーンの方はかつて映像版で親しんでいたので、封を切った記憶もないザルツブルク音楽祭ライブがとても新鮮に聴こえてきたとのかもしれない。これはかってイタリアから海賊盤で出ていたが、DG盤はORFによる音源である。
この録音での肝はマンリーコ役のフランコ・コレッリの歌唱とカラヤンの指揮である。
いやはや、ここでのカラヤンの指揮は凄まじい。そのシャープなダイナミズムとイタリア・オペラの歌わせ方の融合。
フルトヴェングラーのレパートリーを振る時はおかしくなると言われたカラヤンであるが、巨匠が絶対振らないこのオペラ、しかも巨匠が世を去って時間も経った1962年、やりたい放題みたいな指揮振りである。
そもそもザルツブルグ音楽祭でこんなオペラを登場させるというのも「帝王」となったカラヤンでしか出来ない芸当であろう。「オテロ」ではなく、「トロヴァトーレ」なのである。こんなオペラと書いてしまったが、後期の傑作オペラにはない、イタリア・オペラの根源的な美しいメロディに溢れ、一方、スリリングな、果敢に前進するエネルギーに満ちていている。
ヴェルディとワーグナーがバッハとヘンデルと同様に同年生まれというのは神の采配のような気がして来るが、ドイツやオーストリアではヴェルディは一段下に置かれる存在である。しかし、「建前と本音」みたいなところもあり、アバドのヴェルディ「レクイエム」のリハーサルを主体としたドキュメンタリー「LUX AETERNA」の制作はドイツ人による。また、アルマ・マーラーの3番目の夫で作家フランツ・ヴェルフェルもヴェルディ派だったらしいのだが、こういう趣味の人は結構いたようだ。つまりインテリの中にも結構ヴェルディ好きがいるということになる。
我が国でも同じような傾向がみられる。私の愛読書に「クラシック名盤この1枚」(中野雄ほか)という文庫本があるが、オペラの部門ではワーグナーの作品を採り上げている方が11名もいるのに対し、ヴェルディでは何と1名に過ぎない。そもそもコロシアムにライオンと囚人を入れるアミューズメントに起源を発するようなイタリア・オペラと、オペラを「楽劇」まで進化させたワーグナーとでは比較するのもおかしいのかもしれない。
しかし、芸術的価値なんぞは脇に置いておくとして、この声によるドラマを聴いてみれば、オペラとは正に「声の芸術」であることが即納得できるであろう。フルトヴェングラーがトスカニーニを「アリアとトッティしかない」と評したのと同様、文化の差なのである。
さて、CDに戻って、
振り返ってみると、このオペラのレコードで最初に購入したのは1981年にニューヨークの「サム・グッディ」で見つけたスカラ座管とのトゥリオ・セラフィン盤(DG、1962、ステレオ)である。しかし、何故ニュー―ヨークでこんな化粧箱入りのLPレコードを買ったのか自分でも腑に落ちない。ただでさえ帰国途中の大荷物なのである。この時は米国留学での帰途、米国のあちこちの大学を回った折で、きっと帰国したらオペラのレコードなど当分買えないだろうという危惧の念からだったのかもしれない。
それはともかく、このセラフィン盤は歴史的名盤で、レコード芸術の別冊「新編 名曲名盤500」(1987年刊)でも、「新時代の名曲名盤500+100」(2023年刊)においても断トツの評価を得ている。このセラフィン盤でのアントニエッタ・ステッラ(S)、エットーレ・バスティアニーニ(Br)、そしてフィオレンツァ・コッソット(Ms)の名唱が有名であるが、やはりオペラの巨匠セラフィンの「血沸き肉躍る」オペラ的要素と全体を纏める懐の深さに尽きるのではと考える。惜しいのはマンリーコ役にコレッリが契約の関係か、使えなかったことであろうかカルロ・ベルゴンツィ(T)になっている。いや、これでよかったのかもしれない。四人の主役の絶妙のバランス、それによってオペラの巨匠セラフィンの存在が浮かび上がってくるのである。その全体をコントロールするセラフィンの匠の技。素晴らしい。
さらに振り返ってみると、学生時代にはオペラまで手が回らず、ほとんどがハイライト盤、全曲盤はフリッツ・ブッシュ指揮グラインドボーン音楽祭管弦楽団によるモーツアルト「ドン・ジョヴァンニ」とカラスのタイトル・ロール、デ・サーバタ指揮ミラノ・スカラ座管弦楽団によるプッチーニ「トスカ」しか持っていなかったのである。
それがオペラに目覚めたのは何と言っても、1974冬に試みたヨーロッパ音楽無宿である。
それはカール・ベームのコンサートを何としても聴きたいというのが動機であった。現地に入ると、今のような情報が簡単に手に入るような時代ではなく、ウィーンではベームは今ミュンヘンだろう、ミュンヘンでは今ベルリンに違いないという具合で、結局ベームを聴くことは出来なかった。その代わり、その旅はオペラ開眼の端緒となったのである。
シベリア周りでウィーンに着いた最初の日、失敗に次ぐ失敗を重ね疲労困憊、それでもその滞欧初日の夜、国立歌劇場のヴェルディ「アイーダ」にありついた。それは衝撃とも言える体験であった。歌劇場は想像していたような大きな造りではなく、意外とこぢんまりとしていたが、内装も立派で、バルコン席に座っているだけで夢心地であった。そして何より音楽で、前奏曲での弦のユニゾンで鳥肌が立ったのを覚えている。そして、壮大な二つのピラミッドの上方から響き渡るアイーダ・トランペットの掛け合いはこの世のものとは思えなかった。
いつしか、私はベームのことは忘れてしまい、その旅を歌劇場巡りに置き替えてしまっていた。「明日はミラノかミュンヘンか」というような具合に。
また、ウィーンの天井桟敷とか、ミュンヘンの立ち見(ちゃんと席が設けられていた)にはマニアが多く、多種多様な情報が入った。例えば、ミュンヘンでのヴェルディ「運命の力」では隣のオペラ通のオヤジが「今日の指揮者は最低だ。テンポをチューインガムのように引き伸ばす。彼はヴェルディを全く理解していない(因みにこの指揮者とはエリアフ・インバルであった)」と我流の評を展開し、「ところで、お前はクライバーを知っているか」と問うて来た。とぼけて「エーリッヒか」と答えたら、急に真顔になって「いや、息子のカルロスだ。奴は凄い、本物だ」と力説した。
次に、1980-81年の滞米生活ではオペラは期待したほどではなく、アメリカはやはりオーケストラの国であると理解した。居住地マディソンではプロによるオペラ公演はなく、もっぱらFM放送でのライブ放送を楽しんだ。メトロポリタン歌劇場と金持ちの州テキサスのヒューストン・オペラが定期的に放送されており、前者はTV(PBS系)でも時にレヴァインが登場し、リハーサル含めた「エレクトラ」などが放映されていた。オペラ公演はニューヨークでのメットとシティ・オペラに接したのみ。近くではシカゴでリリック・オペラの公演があったが、シカゴさえオペラ・カンパニーによる公演であった。
しかし、その後、国際学会や国際プロジェクトなどで海外に出ることが増え、ウィーン、ロンドン、パリ、ブエノス・アイレス、ブダペスト、ブルッセル、ミュンヘン、レニングラードなどでオペラハウス詣でが出来た。
中でも、1998年のエディンバラ音楽祭、その取は「ドン・カルロ」であった。これは私の愛聴オペラの一つなので、期待も大きかった。ただ、指揮はベルナルト・ハイティンク、この指揮者は私の好みではない。ところが、アンドラーシュ・シフのバッハ「平均律」のリサイタルで、開演間際、ハイティンクが隣の席に座った。休憩時間、私は思い切ってハイティンクに話しかけてみた。予想に反して、彼はザックバランにいろいろなことを話してくれた。私の方はあなたがベルリン・フイルを振ったマーラーの交響曲第二、第三(LD)を愛聴していますと持ち上げた。そのリサイタルの終演後席を立つ際、「あなたの“ドン・カルロ”での指揮に期待しています」と会話を締めたら、彼は「Me, too」と返してきた。
しかし、その公演は期待外れであった。何というか、「劇性」に欠けるのである。この「トロヴァトーレ」でのカラヤンの盛り上げ方の巧さ、ハイティンクはこのようなオペラは取り上げないだろうが、彼の指揮では音楽が飛翔しないのである、比重が大きくて。
さて再度、CDに戻って、「トロヴァトーレ」ではもう一組気になるCDがある。ローマ歌劇場管とのトーマス・シッパース盤である。
私は故・福永陽一郎氏を評論家として尊敬しており、かつてこの「トロヴァトーレ」の録音でこのシッパース盤(1964、ステレオ)を選んでおられたような気がするのだが、古い話なので勘違いかもしれない。しかし、オペラの分野に精通した評論家諸氏にもこのシッパース盤を推す方が少なくない。テンポの設定がおかしいという評もあるが、ここでもコレッリの素晴らしい歌唱と、ハイティンクとは対照的な「乗り」がある。
福永氏はオペラが成功するか否かは偏にオケが劇を演じるかどうかにかかっていると主張されていたが、我が意を得たりであった。
それはそれなのだが、このオペラの肝は先述したように、やはりマンリーコ役の歌唱に尽きるのではと思う。
1962年のカラヤン指揮ザルツブルク盤でのコレッリ、そして1978年ウィーンでのライブ盤でのプラシド・ドミンゴの、そしてジェームス・レヴァイン盤のルチアーノ・パヴァロッティの「見よ、あのお炎を」、あのハイCを聴いたらば、それだけで元が取れたと聴衆は思うのではないか。それくらい強烈なインパクトを感じるのである。
このところミラノ・コルティナ五輪をTVで観ていて、よくぞ人間があのような技を演じることが出来るものだと感心しきりである。時に感動する。オペラにおける声も然り、またウィーンに出かけたくなった。

