“Vienne Danses 1850、さらに古めのウィーンの音楽をもう少し”
あと千回のクラシック音楽リスニング(34)
“Vienne Danses 1850、さらに古めのウィーンの音楽をもう少し”
ミヒャエル・ディトリッヒ指揮ウィーン・ベラ・ムジカ合奏団
仏Harmonia Mundi HMC 901013
もう20数年前のこと、フランスはモンペリエ駅の近くのFINACで私は1枚のCDを手に入れた。それが今回ご紹介する仏Harmonia Mundiの”Vienne Danses 1850”である。
演奏はBella Musica de Viene(ウィーン・ベラ・ムジカ合奏団)、指揮はミヒャエル・ディトリッヒ(Michael Dittrich)である。このCDでの楽団の構成はヴァイオリン2、ヴィオラ2、チェロとコントラバスが1、ギターが2である。曲により各楽器の数の増減がある。演奏者の名前を見ると、ウィーンだけでなくスラブ系、ハンガリーなど多彩なメンバーが参加している。いや、名前だけでは分からない。そういう街なのだ、ウィーンは。何せウィーン・フィルのかつての名コンサート・マスターがヴィリー・ボスコフスキーなのだから。さらに離婚が多く(カトリックの国なのに)、名前がしょっちゅう変わるらしい。
指揮者のディトリッヒはウィーン・フィルではなく、ウィーン交響楽団のヴァイオリン奏者だった人である。なので、ニュートラルで色気が足りない。風貌も学者風である。
ではあるのだが、このCDはさして名演とは言えないにしても、ほどほどの魅力があって、手放せない1枚である。少しアカデミックというか、ボスコフスキー合奏団やシュランメルの団体のアミューズメント的雰囲気、ウィーン・フィル的な艶っぽさが不足するけれども。
また、敢えてそうしているのであろうが、古雅な雰囲気を出すため、ゆっくり目のテンポを取っている。なので「かつてのウィーン」みたいな、如何にものんびりとした雰囲気が漂っている。
中身は第1曲と第2曲がアロイス・ストローマイヤー作曲の舞曲、第4, 5曲がヨーゼフ・ランナーの作品。第6曲がアントン・ディアベッリ「ウィーン舞曲」、そして第7曲が作者不詳のリンツ舞曲。第8, 9曲が、ヴィンツェンス・シュテルツミュラー及びヨハン・マイヤー作曲の舞曲で、雑多といえば雑多だが、ワルツあり、レントラーあり、ギャロップありと、ウィーンの1850年前後の音楽の世界をありありと彷彿とさせるプログラムである。それに、目立たない形でヨハン・シュトラウスⅠ世とⅡ世の作品がはめ込まれている。ヨハン・シュトラウスⅠ世は仏語なのでJ. Strauss Pereと表記されている。
私はこのCDの第5曲目ランナーの“新ウィーン・レントラ―”から聴き始めることが多い。名曲とは言わないまでも、親しみやすく、味わい深い佳曲ばかりである。どれも、白の軽めのウィーン・ワインでも用意して、一杯やりながら聴くにふさわしい。中でもヨーゼフ・ランナー作曲のワルツ“ロマンティックな人びと”(Die Romantiker Valse)が私の贔屓の作品である。
ところで、この雑多なメニューの中で曲目に“ワルツ”という言葉が入っているのは上記のランナーの“ロマンティックな人びと”のみである。しかし、ランナーの“新ウィーン・レントラ―”のレントラーというフォーマットはワルツの原型である。
レントラーはウィーンに導入された多少ゆっくり目の3拍子の農民の舞曲というか田舎踊りと定義されている。
このワルツの起源ともいうべきレントラーは皆さんもお聞きになっているはずである。
映画「サウンド・オブ・ミュージック」でマリアとトラップ大佐がダンスをする場面、あれこそがレントラーなのである。かつてスイス、ドイツ、オーストリア、さらにベルギーでは男女がペアーになって踊る3拍子の舞曲が流行した。しかし男女のペアーがそのような3拍子の形で踊るのは官能的で刺激的という理由で禁止されていたらしい。
しかし、その3拍子の「レントラ-」が18世紀にウィーンに導入され、多少ゆっくり目のレントラ-が踊られるようになり、ワルツへと進化して行った。
ビセンテ・マルティン・イ・ソレール作曲「ウナ・コザ・ララ」(オペラ)で初めてワルツが登場。モーツアルトはダンスが好きで、「ドン・ジョヴァンニ」で初めて採用。ベートーヴェンとシューベルトもワルツの作品を書いている。そしてランナー兄弟とシュトラウス・ファミリーの時代、市民層の勃興とともにワルツは急速に広がった。
レントラーについてもう一つ、アマデウスが素晴らしいレントラーを作曲している。K606である。さすがアマデウスで、愉悦に満ちた優雅な曲でありながら、どこか悲しみの風情も漂っている。私は最近、このレントラーを朝の柔軟体操用に使っている。フリー・スタイルでリズムに合わせて踊ると、1日のエネルギーが湧いて来る。
このアマデウスのレントラー、ヴィリー・ボスコフスキーとウィーン・モーツアルト合奏団の演奏を愛聴している。Mozart「Dances&Marches」、この団体による全集とも言うべき録音はエリック・スミスがDeccaにいた時代でなければ生まれなかったはずで、どれも人類の宝とも言うべきディスクである。
さて、今回の標題のCD、もう一つの手放せない理由があって、それが「録音」である。私はこれまで第5曲以下をオーディオのテスト用CDの1枚として扱ってきた。
いや、演奏はまあまあ、しかし録音が素晴らしい1枚として聴いてきたような気もする。
ある時、「新・長岡鉄男の外盤A級セレクション」を開いていると、「ハイドン/ツィンガレーゼ、レントラー、ノクターン」という1枚が優秀録音として取り上げられていた。よく眺めると、和訳されているので気づかなかったが、今回のCDと同じ演奏者なのである。
そこでは、「録音も優秀。明るく輝かしく、歪み感少なく、艶があり、透明度が高く、直接音の立上りと、間接音の伸びが素晴らしい」と評されている。同じレーベル、同じ演奏団体、録音場所・時期もほぼ同じなので、そういう音なのであろう。私の装置では聴き飽きない、よく聴くといい音だなあ、というような録音である。ディアベッリのウィーン舞曲なんて、ギターだけの演奏なのに、奏者の息遣いがリアルに録音されている。
それにしても、あの「シャープで、ハードでダイナミック・・・」みたいな録音が好みのこのオーディオ評論家がこのようなソフトを取り上げるとは、驚きを禁じ得なかった。
録音はさて置き、いい企画、演奏・録音とも味わいのあるCDなので、ぜひ一聴をお薦めしたい。