バッハ:「われ汝に呼ばわる、主イエス・キリストよ」BWV639

あと千回のクラシック音盤リスニング(6)

〜バッハの偉大さを端的に知る曲、その宗教的世界〜

 バッハ:オルゲルビュッヒライン(46曲のコラール前奏曲)より「われ汝に呼ばわる、主イエス・キリストよ」BWV639

 オルガン:クリストファー・へリック(Hyperion CDA66756)

へリック盤

 

私はこの作品をピアノ編曲版で知った。

アルフレッド・ブレンデル/コレクションというシリーズの第一巻、バッハ作品集というCDである。 最初がイタリア協奏曲、そして2番目にこの「われ汝に呼ばわる、主イエス・キリストよ」が入っている。 私はこの作品に打たれた。 何と親しみやすく、しかし何と宗教的雰囲気に溢れた曲であろう。

このピアノ編曲版で最も有名なのはブゾーニが編曲したものであろう。 ブレンデルもこのブゾーニ編曲版を弾いている。 これは彼の師であるエドウィン・フィッシャーの流れであろう。

ピアノ編曲盤はLPでも1枚所有していて、ケンプがバッハ、ヘンデル、グルックの作品を彼自身がピアノに編曲したオムニバスの中にこの作品が含まれている。 録音は1975年、ケンプ80歳での録音で全体が柔らかく、ゆったりとしたテンポで歌われており、老大家が小品を慈しみながら弾いたというような趣がある。 しかし、元々そういうピアニズムなので、バッハとなるとブレンデルの楷書的ピアニズムが私にはぴったしくる。

このピアノ編曲版を経て、私は原曲(さらに元となったコラールが存在する)のオルゲルビュッヒラインに辿り着く。 秋葉原での衝動買いの1枚、英国Hyperion盤である。 以来、何度このCDをトレイに載せたことであろう。 愛聴盤中の愛聴盤である。

端的に宗教的雰囲気に浸れる演奏で、聴く度に襟を正させるような何かを感じ取る。 聴く度に、我がお粗末な生き様を反省せざるをえない、そういうCDなのである。 論文書きがちっとも進んでいないな、から今日も晩酌が2合を越えてしまったな、まで。

 演奏時間2分18秒というのがまたよい。

オルガンを奏するのはハイペリオンが抱える名オルガニスト、クリストファー・へリックである。

名オルガニストと書いてしまったが、私にとってのオルガニストは言わずと知れたヘルムート・ヴァルヒャであり、このCDを買い込むまでへリックの存在は全く知らなかった。

彼は1942年、英国バッキンガムシャー生まれで、バッハのオルガン作品全集の演奏もある。 ヴァルヒャやプレストンほど有名ではないが、立派なオルガン演奏である。 正直、この作品ではヘリックの演奏をとりたい。

また、録音が素晴しい。 濁りのない、深々とした低音がはらわたに染み込んでくる。

このCDをよく取り出すのはこの素晴らしい録音によるところも大きい。

録音は英国ではなく、1994年5月、スイスで行われ、ラインフェルデン市の教会のメッツラー・オルガンが使用されている。

かつて、微生物のゲノムについての講演を頼まれてドイツのゲッティンゲンを訪れた。ゲオルク・アウグスト大学での講演の後、ルドルフ教授宅でビールをご馳走になった。 話がはずみ、話題が音楽に移ると、話が合い、教授が「まだ間に合います、これからヤコビ教会に行きましょう、メンデルスゾーンが150年前演奏したプログラムの再現演奏会があります」と言われた。 そして、夜の街を二人で足早に教会に向かった。

教会は凍えるほどの寒さ、そこで深々と、しかも広く鳴り響くオルガンと宗教的雰囲気に感動した。

 このCDを聴く度、脳裏にこびり付いた、その教会での低音の響きが蘇ってくる。