クーベリック & バイエルン放送響 再来日公演を聴く、1975
〜1975年6月3日、日比谷公会堂にて〜
「ラファエル・クーベリック&バイエルン放送交響楽団」来日公演についてはすでに「漫遊記68」で1965年4月の初来日公演を紹介済みだが今回は大きなハプニングも生じた1975年の再来日公演を振り返ってみたいと思う(写真1 1975年 R.クーベリック&バイエルン放送響来日公演チラシ)。 当時クーベリックは61歳指揮者として絶頂期を迎えての来日公演、筆者も期待がはずみ当初は公演初日(5/27)日比谷公会堂におけるマーラー「交響曲第9番」か翌28日東京文化会館のスメタナ「わが祖国(全曲)」を聴いてみたいと思ったが都合がつかず6月3日公演の日比谷公会堂(プログラムD)(写真2)に足を運んだ。 筆者が聴いたこの公演には影響はなかったのだがクーベリック一行が来日直後にとんでもないハプニングが起きてしまった。 前日26日にクーベリック一行が会場の「日比谷公会堂」を視察、この会場では音響上の理由からも最良の状態でマーラーの「交響曲第9番」を聴かせることができないと判断、急遽土壇場で会場を「東京文化会館」に変更するという大ハプニングが起きてしまった。 クーベリック自身は26日夜には東京のホテルで記者会見も行い翌日の朝刊にも報道された。 結局、6月4日の「東京文化会館」/「プログラムD」と初日のマーラー(プログラムA)と入れ替えて公演を行うことになった。 しかしながら初日公演のチケットは完売、公演プログラムの変更連絡やチケット払い戻し等々で主催者側の対応もさぞかし大変だったと思われる(写真3 1975年バイエルン放送響公演プログラム表紙/写真4 公演日程)。 尚、この6月4日東京文化会館の「マーラー交響曲第9番」公演は後にNHK音源より「独audite」よりCD化された(写真5 「独audite」/「マーラー交響曲第9番」東京公演Live盤ジャケット)。 写真6は同、演奏データである。