ジョージ・セルとザルツブルク音楽祭
戦後1946年、「クリーヴランド管弦楽団」の音楽監督に就任24年の長きにわたり務めあげたジョージ・セルはヨーロッパの「ザルツブルク音楽祭」とは深い繋がりをもっていた。 彼は1949年の音楽祭初出演でR.シュトラウスの楽劇「ばらの騎士」を振って以来、オーケストラ・コンサートでは「ウィーン・フィル」や「ベルリン・フィル」をはじめとして世界主要オーケストラに客演、またヴァイオリンの「エリカ・モリーニ」、ピアノの「ニキタ・マガロフ」や「エミール・ギレリス」との共演なども絶賛を浴び亡くなる前年1969年まで毎年ではないが数多く指揮台に立った。 これらの演奏の一部はドイツの「ORFEO D’OR」等々からCD化もされている。
筆者の手元資料に1967年「ザルツブルク音楽祭公式総合プログラム」があるがこの年セルは手兵の「クリーヴランド管弦楽団」を率いて出演、カラヤンも客演指揮したことで注目された(写真1 1967年ザルツブルク音楽祭公式総合プログラム表紙)。
ちなみにカラヤンはモーツアルト「3台のピアノのための協奏曲ヘ長調K.242」で自ら第3ピアノを弾いている(写真2・3 1967年ザルツブルク音楽祭「オーケストラ・コンサート・プログラム」、 赤枠はクリーヴランド管弦楽団の演奏曲目/ 写真4 セル&ベルリン・フィルの1957年ザルツブルク音楽祭ライヴ、3CD独ORFEOD’OR C 774 083 D、モノラル録音 / 写真5 セル&ウィーン・フィル/ 1969年ザルツブルク音楽祭ライヴ、独ORFEO D’OR C 484 981 B、ステレオ録音、ジョージ・セル「ザルツブルク音楽祭」最後の出演)。