セミヨン・ビシュコフ&パリ管弦楽団来日公演を聴く、1991
〜1991年11月3日、サントリーホールにて〜
セミヨン・ビシュコフは前任のダニエル・バレンボイムの後任として1989年から1998年までこの「パリ管弦楽団」の音楽監督を歴任した。 彼は1952年レニングラード(現、サンクトペテルブルク)出身だが1975年にアメリカに移住、市民権を獲得「パリ管」音楽監督就任以前はマイケル・ティルソン・トーマスも歴代音楽監督を務めた「バッファロー・フィルハーモニック」の音楽監督の地位にあった。 この1991年「パリ管」との公演が初来日となった。 彼はカラヤンを心から尊敬しその音楽美学に惚れ込んだと云われている。 筆者も「パリ管弦楽団」は初来日公演以来国内外のコンサートにこれまでも足を運んだが今回も新音楽監督ビシュコフに期待を持って出かけてみることにした(写真1 1991年パリ管弦楽団来日公演プログラム表紙)。 1991年来日公演では特別プログラムとして注目された「ベルリオーズ<ファウストの劫罰>」も3日間組まれていたが都合がつかずやむを得ず11月3日のAプロ/ベートーヴェンとショスタコーヴィチの「交響曲第5番」を聴くことにした。 ビシュコフの豪快でダイナミックな指揮ぶりを今も思い出す(写真2 1991年来日公演各プログラム)。 彼のモダンな感覚がプラスされ粋でスタイリッシュなベートーヴェン、ショスタコーヴィチの演奏が楽しめた。 写真3は彼のパリ管弦楽団とのファースト・アルバム「ラフマニノフ交響曲第2番」で、前年1990年5月パリのサル・プレイエルにおけるセッション録音だが彼の繊細な感性も感じさせ「パリ管」の華麗なサウンドが聴ける。 写真4は1991年11月3日の公演チケットである。