ノブヤンのひとりごと「バイロイトの第9」 その(5/5)

〜 バイロイトの第9では、3楽章の美しさに心が奪われる!! 〜

3楽章の始まりのテンポはかなりゆっくりですが、それはこのあとに展開される音楽へ導くための必然のテンポだろうと思います。 まるで霧がかかっているような静かな自然の情景の中に、自分がゆっくりと入り込み物語が始まります。
最初の場面では、木管楽器群と弦楽器群が静かに掛け合いながら語り合っていきますが、よく聴くと、テンポの遅さに弦楽器同士でタイミングが微妙に合っていません。 次の音へお互いが探り合いながら合わせようとしている緊張感が、今、目の前で演奏しているかのような臨場感となり、これはこれで生々しい音楽となって伝わってきます。 ただでさえ分かりにくいフルトヴェングラーの指揮は、テンポが遅くなれば、なおさら分かりづらいと思いますが、きっとオーケストラに緊張感を強いる指揮だったのかもしれません……今生まれたばかりのような音楽にするために……
出だしの変ロ長調から、ニ長調に転調して第2主題が導き出される24小節目、ここでは転調の美しさが、まるで霧の中で新たな色合いの景色にかわっていくかのように、見事に描かれています。
24
小節までが変ロ長調、主旋律のクラリネットの音が続く中、3拍目にコントラバスが次のニ長調の主和音の主音(根音)である〈レ〉の音を静かに弾き始め、4拍目には主和音の5度音の〈ラ〉の音がチェロで静かに加わり(コントラバスの上に響く完全5度音程の音、次のニ長調の主和音へ導く大切な音でその入り方が絶妙〜他の演奏では、ここの転調のファンタジーが感じられない)、その4拍目の裏拍から、ニ長調の主和音の第3音になる〈ファ〉の音で、ビオラと第2バイオリンが、どこからともなく吹き込むやさしい風のように第2主題を歌い始める転調の絶妙さ……やはり、このゆったりとしたテンポだからこそ、霧の中で移ろいかわりゆく幽玄の世界が、見事に描き出されていきます。 これを作曲したベートーヴェンも素晴らしいですが、この一見単純な楽譜から無限の広がりのイメージを感じ取り、現実の音として表現するフルトヴェングラーは、本当に凄いとしか言いようがありません……
そのままビオラと第2バイオリンで進む第2主題に対して、33小節目から、第1バイオリンがオブリガート的に絡んでくる対旋律の表情豊かな美しさ! 録音状況は決してよくありませんが、ここの表現力はまるでマントヴァーニオーケストラ(美しい弦楽サウンドで有名なムード音楽の第一人者的存在)のバイオリンパートを聴いているようです。
さらに43小節目からは、第1バイオリンによる主題の変奏が続きます。 この細かい動きを速いテンポで演奏すると、まるでバイオリンの指練習みたいになりそうですが、フルトヴェングラーは、テンポを揺らし強弱をつけ、ゆったりと細かなニュアンスをいっぱいつけて音楽を進めていきます。 99小節目からも第1バイオリンの変奏は続き、まるで花が咲き乱れている天国の花園に迷い込んだかのような景色が見えてきます。
ただ90小節目に、ホルンが音を一瞬はずしますが、この時、聴く我々の方が緊張してしまういつもの演奏会にいるような、ライブ録音ならではのホールの臨場感を味わうことができるのも、このバイロイトの第9の魅力になっていると思います。
もちろん、第4楽章の低音楽器で始まる「歓喜の主題」の前の長い空白の時間……vor  Gott(フォルゴーーーートゥッ)のどこまでものびるフェルマータ……そして最後の演奏技術の限界を超えた速さ……人知を超えたところの音楽を感じ取るフルトヴェングラーは、凄い指揮者です!!!(写真7

写真7     フランス・パテ盤、バイロイト第9のレコード