ノブヤンのひとりごと(「バイロイトの第9」 その2/5)

〜 同一音源なのに、何種類ものレコードやCDが発売されているのはなぜか? 〜

まず、このフルトヴェングラーの演奏には、音楽の本質をとらえ、聴く人の魂を揺さぶるデモーニッシュ(悪魔的、魔術的)な魅力があること! これが絶対的な要因としてあげられます。
もう一つの要因としては、「録音が良くない」ことがあげられると思います。 演奏の凄さを認めながらも録音に不満が残り、少しでもいい状態の音のレコードやCDが発売されると、「前よりもっと感動したい!」という期待を込めて買い求めます。
例えば、ドイツ・エレクトローラ社考案による「ブライトクランク」という、モノラル音をステレオ化した疑似ステレオ音(この音には広がりが感じられて私は気に入っている)、あるいは衝撃的だった指揮台へ向かうフルトヴェングラーの足音入り!(これには真偽の問題あり)、これでマニアの心は大いにくすぐられました!(ホンマかいな?と思いつつ、私も買い求めた一人……)、また今まで世に出ず、放送局に眠ったままの音源テープの発見! とか、より高音質を図ってのSACD化だったりと、何種類にもわたってディスク化されてきました。 ステレオ録音があたりまえの現在から見れば、当時のモノラル録音の音源はやはり物足りないもの、あとは聴く側の想像力で演奏のイメージを広げる必要があったのでしょう。
このバイロイトの第9の神がかった演奏がモノラル録音であったがため、想像をかきたてる余地が多分にあり、それが製作者側の改善への意欲となって、結果として何種類ものディスクの存在につながったと思われます。 現在のような鮮明な録音技術で録音されていれば、ディスクはきっと1種類だけで済む話だと思います。
私は、ブライトクランクステレオの広がりのある立体感を初めて体感したときには、大変驚き、そして感激もしました。 逆に、夜中にヘッドフォンで聴く時は、ブライトクランクステレオでは不自然なオーケストラ感に感じてしまい、この時はモノラルの音の方が音楽に集中できます。 が、これはあくまで私が持っているディスクとステレオ装置の範囲の話、私にとってのバイロイトの第9は、いつ聴いても演奏の凄さに心が揺さぶられます。 (写真34)

写真3     ブライトクランクステレオのCD

写真4     フルトヴェングラーの足音入りのCD