ヘンリック・シェリングの想い出、1976

ヘンリック・シェリングの想い出 - 1976年4月東京文化会館にて-

数多くのレコード録音を残した名ヴァイオリニスト、ヘンリック・シェリング(Henryk Szeryng/1918-1988)の1976年4月来日公演は今も印象に残っている。この時の来日は’64年、’67年に次ぐおよそ10年ぶり3回目の来日であった。彼はよくバッハの名手と云われたがレパートリーも広く20世紀の現代音楽にまで及ぶ。私も彼のこんなところに魅力を感じていた。出身はポーランドの首都ワルシャワだが戦後メキシコに帰化している。彼の最初の師はイダ・ヘンデルやジネット・ヌヴー等々数々の著名ヴァイオリニストを育てたハンガリーの名音楽教育者・ヴァイオリニストとして知られるフレッシュ・カロイ(Flesch Károly)、英語表記ではカール・フレッシュ(Carl Flesch)であった。その後パリ音楽院でジャック・ティボー、作曲をナディア・ブーランジェ女史に学んでいる。
さて私がこの時聴いたプログラムで特にインパクトが強かったのは「プログラムD」のベートーヴェン「ヴァイオリン協奏曲」だった(1976年4月9日/東京文化会館)。指揮は秋山和慶、管弦楽はNHK交響楽団である(写真1 来日公演プログラム表紙/写真2 各プログラム演奏曲目)。この時の演奏も彼らしくスケール感のある流麗な演奏が心地よかった。彼はこれまでベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲のレコード録音を1960年代にハンス・シュミット=イッセルシュテット指揮ロンドン交響楽団(写真3)と1973年にベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団(写真4)と行っていた。どちらも名盤として誉れが高いが前者のイッセルシュッテット盤は第1楽章のカデンツァをヨアヒム、第2楽章/第3楽章のカデンツァは師のカール・フレッシュと使い分けていたところが興味深い。この来日公演では全てヨアヒムのカデンツァだったと思う。コンサート終了後、文化会館楽屋口ロビーで気さくにサインに応じてくれたシェリングの顔が思い浮かぶ(写真5 プログラムに入れてもらったサイン)。

写真1 シェリング来日公演プログラム表紙(1976)

写真2 シェリング来日公演演奏曲目プログラム

写真3 シェリング&イッセルシュテット ロンドン響 ベート―ヴェン ヴァイオリン協奏曲 LP

写真4 シェリング&ハイティンク アムステルダム コンセルトヘボウ管 ベートーヴェン&ブラームス ヴァイオリン協奏曲LP

写真5 コンサート終了後プログラムに入れてもらったシェリングのサイン