雑誌「月刊ラジオ技術7月号」より"オーディオ徒然草(144)"

2012年3月10日(土)及び5月12日(土)"オーディオ研究家"新忠篤氏をお招きして講演して頂いた際の様子が、同氏により雑誌「月刊ラジオ技術2012年7月号」に以下のように掲載されました。

茨城県龍ケ崎市の音楽愛好会「ゲヴァントハウス」のCDコンサートで最上のSPレコード再生ができた

新 忠篤

SPレコードを知らない人に、SPレコードの本来の音を聴いてもらうチャンスはめったにない。チャンスはあっても、聴き手の多数がLPやステレオ録音しか知らない場でのSPレコード再生はほんとうに気をつかう。私はほとんどの場合、私自身が再生装置の準備をしてコンサートに臨むのだが、今回のコンサートではすでにセットされた装置でCDを再生し、最上のパフォーマンスが実現できたので嬉しくて筆をとった。
都心から電車で1時間足らずの龍ヶ崎市は茨城県南部に位置し取手市、牛久市に隣接している。この静かな町、龍ケ崎に住むクラシック音楽愛好家のグループ「ゲヴァントハウス」が組織されたのはいまから30年前。ちょうどCDが登場したころである。
2006年秋から、竜ヶ崎ショッピングセンター・リブラの中にある小シアター(旧映画館)を会場にCDコンサートを始めた。活動の幅を広げる気持ちから、一般の人がコンサートに参加できるようにした。最初は月1回で始めたが、すぐに週1回ペースに加速してしまった。現在は月2回のコンサートが開催されている。
私がこのコンサートで講演をすることになったのはN&F社とセーラー万年筆(www.sailor.co.jp/glasscd)が共同開発したガラスCDのSPレコード復刻盤だった。事前にゲヴァントハウスの音響担当者の石井さんと電話で打ち合わせをして、出かけた。 2012年3月10日(土)、上野駅からJR常磐線で竜ヶ崎に向かった。JR佐貫駅で関東鉄道竜ヶ崎線に乗り換えて2駅目が終点の竜ヶ崎。龍ヶ崎は市の正式名称で、駅名は竜ヶ崎である。
コンサート会場ではステージの上に多数のスピーカが並び、それを駆動するアンプやチャネル・デヴァイダはシートで覆われていた。ガラスCDのサンプルの一枚を石井さんに渡し、音出しをお願いした。最初の一音を聴いて、私はこれは本物だと思った。その鳴りかたは温かく、豊麗で、聴き手の心をそっと包み込むようで、さらに嬉しかったのは、音が浮かび上がって聴き手の元に押し寄せてくるように聴こえたからだ。もと映画館だけあって座り心地のいい客席の椅子と相まって、70~80年前に行われた生演奏の場にいる気分にさせられた。この音の背後にあるオーディオシステムのくわしい紹介は「ゲヴァントハウスのオーディオ・システム」 にある。
当日かけたガラスCDの内容は、100年先になっても光を失わない、まさに"人類の遺産"的録音を揃えた。私が監修を頼まれ、わが家にN&Fの福井末憲さんがEd MeitnerのDSDレコーダを持ち込んで録音した。ガラスCDの内容は
・フルトヴェングラー&アーベントロート/ベルリン・フィル1937年11月録音の2つの「運命」(SN28001EX)
・ワルター/ウィーン・フィルのモーツァルト:アイネ・クライネ・ナハトムジーク、ピアノ協奏曲第20番K.466、交響曲第38番「プラハ」(SN28002EX)
・クライスラー&ブレッヒのベートーヴェンとメンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲(SN28003EX)
・カザルス・トリオのベートーヴェン「大公トリオ」&ティボー・コルトーの「クロイツェル・ソナタ」(SN28004EX)
・カザルスのJ.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲(全6曲)(SN28005/6EX)
で、5点6枚である。
ゲヴァントハウスの聴衆はほんとうに熱心な方が多い。会の運営をされている役員の方々との食事の席で、ガラスCDの音のよさが話題になった。私は会場の音響装置が音楽再生に大いに貢献している、と真情を告げた。
この感動的な再生音に気をよくして、5月12日(土)にグッディーズの「ダイレクト・トランスファー」シリーズのSP盤復刻をプログラムに取り上げてもらった。現在384枚になったこのシリーズは、SPレコードに加えて、最近は初期LP録音も加わった。
当日のプログラムは、グッディーズのホーム・ページ(http://goodies.yu-yake.com/78cdr3000.html)からリクエスト曲を募る方法を提案した。このホーム・ページでは、約1分の試聴ができる。コンサートの数日前に16枚のリクエスト表が送られてきた。約2時間半の間に16枚全部をかけるのは無理だが、SPレコードは1面ごとに演奏が完結しているので、再生にあたっても、1面が終えて演奏を噛みしめてから、次の面に移る、というのが私の聴きかた。連続再生してもかまわないが、途中で終えてもいい、と私は考えていたので、リクエストの約半分を聴いてもらった。
30歳を目の前にしてアメリカヘの演奏旅行の途中の航空機事故で命を落としたフランスの女流ヴァイオリニスト、ジネット・ヌヴー (1919~1949)のシベリウスのヴァイオリン協奏曲(78CDR-3017)とブラームスのヴァイオリン協奏曲(78-3003)をかける前にヌヴーのパリ音楽院での師だったジュール・ブーシュリ(1877~1962)が1906年にフランス・ゾノフォンに録音したモーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第5番の第3楽章の一部をかけた。これはいまから106年前のラッパ吹き込みながら、ヴァイオリンのブーシュリとピアノのルイ・ディエメールがスピーカの前に立って演奏しているかのような錯覚におそわれた。
また、ヌヴーが1935年3月7日にワルシャワで開かれたヴィニャフスキ・ヴァイオリン・コンクールで予選を通過した時、付き添っていた母親が師のブーシュリに宛てた手紙について話した「3月15日と16日の本選会に先生に来てほしい」と懇願する内容だった (「ヴァイオリンの奥義ジュール・ブーシュリ回想録」2010年音楽之友社刊)。ヌヴーのブラームスはまるでステージに立って弾いているように聴こえた、と参会者が後で感想をくれた。
次に聴いた盤はジャック・ティボーのヴァイオリン、パブロ・カザルスのチェロ、アルフレッド・コルトー指揮の管弦楽団によるブラームス:ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲作品102(78CDR-3101)だった。1929年のスペイン、バルセロナでのこの録音は、本家のEMIの復刻を含めて、古めかしい痩せ細った音で楽しめるものではなっかたが、ここでは、ティボーのヴァイオリンもカザルスのチェロも原寸大の響きがして、驚いた。休憩時間に一人の方が私のところに来て、各種の復刻盤で聴いた印象と格段に差がある、と洩らした。
さらに1923年のラッパ吹き込みによるレナー弦楽四重奏団のモーツァルト:弦楽四重奏曲「不協和音」K.465(78CDR-3196)、1928年のカペー四重奏団によるベートーヴェン:弦楽四重奏曲第14番作品131(78CDR-3082)の2曲をかけた。
この日私は元・日本フォノグラムの録音エンジニアだった常磐清さんといっしょだった。常磐さんは現在フリーで活動し、毎夏、鹿児島県で開催されている「霧島音楽祭」の録音を担当している。コンサートの後半の初めに常磐さんが録音したダン・タイソンと副島響子の2台ピアノによるプーランク:2台ピアノのためのソナタの一部を聴いた。ライブ録音をワン・ポイントで抑えた見事な録音が素晴らしい演奏をがっちり捉えていた。
引き続きヨハンナ・マルツィのモーツァルト:ヴァイオリン・ソナタK.376(78CDR-3208)、シゲティのコレッリ:「ラ・フォリア」(78CDR-3236)を聴いた。
コンサートの最後はドイツ出身のソプラノ歌手ロッテ・レーマンのシューマン:歌曲集「女の愛と生涯」をかけた。 1928年、電気録音初期のこの録音は伴奏がピアノではなく、室内オーケストラによっている。レーマンはこの録音時40歳で、声量豊かなドラマティックな歌唱で圧倒された。
ゲヴァントハウスの月2回の定例コンサートは、会の所有するオープンリール・テープ約5,000本、コンパクト・カセット・テープ約10,000本、 DAT約4,000本の放送録音アーカイーヴを使用して行われている。この中には放送局がマスターを廃棄してしまったものが多くあり、CD製作のために放送局に貸し出しする例が最近あったという。
ゲヴァントハウスの定例コンサートは月の第1、第3土曜日、14:00 から16:30 に開かれているが、特別コンサートは別の日に開催されている。2012年中にもう一度「ダイレクト・トランスファー」シリーズの続きができるように主催者にお願いをしている。