ノブヤンのひとりごと(音楽教師としての備忘録 5)

〜 6年目のコンクールは『魔法使いの弟子』で関東大会出場を決める!! 〜

自分たちの位置がコンクールの頂上に迫っていることを自覚してきたこの頃は、部員の総人数も100名近くとなり、2年前の学校分離の時とは比べようもないほど充実したメンバー構成になりました。 木管楽器群では女子のリーダーたちが、金管楽器群には男子のリーダー達が要所を占め、コンクールメンバーの音は力強い響きへと進化をとげていきました。
その中でも際立った存在だったのが、ファゴットを吹くO君でした。 実はファゴットに関してはこの吹奏楽部のOBであるM君という強力な先輩がおり、ファゴットを第一希望で入部したO君は、はじめからその先輩による特訓を受けることができました。 市販品を買えば高価でデリケートな、そして消耗品として日々必要なリードも、先輩手作りのものが与えられるというまさに恵まれた英才教育の結果、O君は部員の誰もが認める名ファゴット奏者へと仕上がってきました。 勉強もでき、人物的にも周りからの信頼もあったO君は、2年生の後期から部長となって私の良き片腕となってくれました。
そんなO君は、ストラヴィンスキーの「春の祭典」の冒頭の、あのファゴットソロを軽々と吹くことが日常のルーティーンで、その音色が聞こえてくると「あっ、またやってるな!」と思うだけの私でした……がっ…師匠であるM君にそのことを伝えると、「先生っ!あの部分は音が高くて、ファゴットではとても難しい所ですよ。 中学生であんな風に吹けるなんてのは、あり得ないですよ!!」と自分の弟子の力を高く評価していました。
そんなファゴット奏者がいるのですから、6年目のコンクールで演奏する自由曲は、ファゴットが活躍するデュカス作曲の「魔法使いの弟子」しかない!と、私の中では必然的なストーリーとなっていきました。 ただこの曲もオーケストラの名曲ですから、アレンジの楽譜があるかどうかが大きな問題です。 そこで県の吹奏楽連盟に楽譜の問い合わせをしてみると、当時の理事長である三戸知章(みと ともあき)先生が所有されていることがわかり、船橋市にある三戸先生のご自宅まで楽譜を借りに行きました(写真1、2)。

写真1     魔法使いの弟子 スコア表紙

写真2     魔法使いの弟子 スコア1ページ

三戸知章先生のお名前は、吹奏楽(昔はブラスバンドという言い方の方が一般的だったかもしれません)を経験された年輩の方たちには、先生編曲の楽譜でずいぶんお世話になった記憶があるのでは?と思います。 すでに吹奏楽界では有名であった三戸先生は、千葉県の船橋に居を構えた後、昭和31年に千葉県吹奏楽連盟を創設、その後理事長として永く千葉県の吹奏楽の発展にご尽力されました。 鼻の下に小さく髭を生やし、明治生まれの威厳と気骨ある風貌の顔つきですが、ご自宅を訪問した時は私を孫のように扱ってくれることが妙にうれしくて、また、私の1年目のコンクールで演奏したショスタコーヴィチの演奏を高く評価をしていただいたことには、大変感激しました。 特に学校現場にいる吹奏楽部の先生を大切にしてくれたことが、とてもありがたい思い出となっています。

さて「魔法使いの弟子」の練習が始まりました。 やはり各パート共技術的に難易度の高い曲で、当面はゆっくり確実に練習をする方法しかありません。 そして私にとっての一番の難題は、11分の曲を7分30秒前後に収めるカットの問題でした。
この曲は、ゲーテの詩をもとにデュカスが作曲をしたというストーリーのある曲ですが、何よりもディズニーのアニメーション映画「ファンタジア」の中のミッキーマウスが演ずる「魔法使いの弟子」のシーンが有名ですから、そのイメージを壊したくない思いがありました。 しかしそんなことを言っていると1小節たりとも削れなくなります。 スコア(指揮者用総譜)を見ながら、カットをすることで音楽の流れを遮ることはないか?・繰り返しのパターンの所を1カ所でも減らせないか?……。
次に、レコードの音をカセットデッキに録音して確かめてみます。 カットする場所に印をつけたスコアを見ながら、カットする所にきたらポーズ(一時停止)でテープを止め、再び演奏する所にきたらポーズを解除して録音を再開するという単純な作業ですが、はじめはタイミングがうまく掴めず、何度もやり直しをしました。 そしてテープを再生しては確認をするという作業の繰り返しです。 懐かしのスコアを今見直しても、カットをするポイントがかなりの数になり、曲がズタズタにされた跡が見られます。 それでいて、聴いていて不自然にならないようにするために、何日間にもわたる私の苦心苦悩苦労が思い出されます。
とにかくカットの場所の決定が、部員達に無駄な練習をさせないための至急を要する大命題でしたから、徹夜にも近い夜の作業が本当に何日間も続きました。 これらの長時間にわたる手作業が、今はパソコンで簡単に音声データの切り貼りができ、しかもそれをすぐに聞き直すことができます……んー、正直悔しいですね……。

さて次なる問題は、中間部のいったん静かになった場面に出てくる「コントラファゴット」という楽器の存在で、我が吹奏楽部にはそれが無いことでした。 曲中でのコントラファゴットは、低音の不気味な効果音として絶対に必要ですが、値段を調べてみると200万円〜300万円する楽器!……《ホワイト餃子だったら何個食べられるんだ??……》
現実問題としては、同じ音域ならば金管楽器のチューバしか代替品はありません。 しかも必要な場面で演奏するのはたった4小節だけで音符8個分……それでもチューバでは音色が違いすぎるな……となると、宝くじを買って当てるか?……待てよ、競馬に挑戦するか……、いやいやそれは無理だな…。そこで前から学校に出入りしている東京・お茶の水にある下倉楽器店のSさんに相談すると、「先生!コントラバスクラリネットという手がありますよ!」「いくらですか?」「88万円です!」…《ずいぶん安いじゃないか!》……。
楽器を学校備品として公費で購入するには、まず申請をしてから許可が下り、入札で業者が決定して納品されます。 特に金額の高い楽器については、教育委員会から「本当に必要なのか?」といった問い合わせが来て面倒くさい!……そしてそれも1年か2年先の話になってしまう……。
こうなったら下倉楽器店のSさんに「部費からの月賦(今は使わない月払いのことですね)で買ってもいいですか?」「いいですよ!」「それじゃー、買います!!」と商談成立と相成りました!

部費は当時一人毎月500円ずつ集めており、部員が100人いれば月に5万円になる計算です。 その中からやりくりをして、私は下倉楽器店宛にかなりの期間、毎月振込を続けました。 また、買ってから分かったことですが、コントラバスクラリネットはクラリネットの仲間ですから当然リードが必要です。 そのリードが1枚500円〜600円ほどします。 この翌年から毎年4月に行われる部活動保護者会の席では、集まっている保護者に向かって部費徴収の理解を得るために、私は熱弁をふるうのでした。
「吹奏楽部の運営にはお金がかかります。お母さん方、これを見てください!これはコントラバスクラリネットという楽器のリードです。 これが1枚500円から600円ほどします。 いいですか?!! この薄っぺらなリードたった1枚が、カツ丼よりも高いのですよ!でもこの楽器があるおかげで、私たちの吹奏楽部は、他の学校とは違う演奏が出来るのです!!」………何をやってもおおらかな時代でした。

次なる問題はティンパニーです。 曲中にソロで決める低いファの音が、今あるティンパニーではぎりぎりの最低音で音程がハッキリせず、もう一つ大きいサイズのティンパニーがあれば、しっかりと余裕のある音程で決められるのに……という問題です。 高校で吹奏楽部を続けている卒業生を通していろいろあたってみると、借りられる高校が見つかりました。 中学校にいつも来ていたスポーツ用品店のトラックを借り、私の運転で男子部員を3人ほど荷台に乗せ、1台のティンパニーを運びました。
ティンパニーの件は、その後柏市長へ関東大会出場の挨拶に行った時、直々に「ご褒美をあげたいが、何か希望は?」というお言葉をいただき、私は現状を話してその場で即決となった思い出があります。

この年のコンクールは8月20日でしたが、7月の20日過ぎの夏休みに入ってからは、連日お弁当持ちの一日練習です。 私も部員達も疲れがたまってきたころ、奇跡が起きました!それは、偶然見かけた新聞のある部分です。 そこにあったのは東京・日比谷のある映画館で「ファンタジア」が上映中という映画館の情報!……偶然とはいえ、この時は神様が本当にいるのでは、と私には思えました!!
この映画で「魔法使いの弟子」のイメージをつかめば、これはレコードとは比べものにならない真にうってつけの教材になるぞ! 当時は、まだビデオテープやレーザーディスク・DVDなどのように、映画を家庭で簡単に見られる時代ではありませんでした。

頭に浮かんだのは……『そうだ、みんなでファンタジアを見に行こう!!』

映画館に近い有楽町駅には、柏駅から電車で1時間ほどで行けますから、引率計画を立て保護者への承諾のプリントを作りました。 ただし対象は3年生の部員のみで希望者限定としましたが、それなりの人数が集まりました。
久々に練習がオフとなった、遠足気分で行く東京見物を兼ねた映画鑑賞会(写真3)、この日はいい骨休みとなりました。

写真3     映画「ファンタジア」のプログラムとチケット

さて、課題曲も手応えのある曲を選んでのコンクール、今年は絶対に県代表を決めて関東大会だー!と、いざ千葉県文化会館へ……!!!
コンクールの結果は1位通過(写真4、5、6、7)の県代表となり、念願の関東大会行きを決めました。 表彰式後にはホールの外で部員達に胴上げをされ、その時の達成感と満足感に満ちた空中浮遊の感触は、今でも忘れられません。

次は関東大会の舞台、いざ足利へ!!

写真4     コンクール審査評 A

写真5     コンクール審査評 B

写真6     コンクール審査評 C

写真7     コンクール審査評 D