アレンスキー:ピアノ三重奏曲第一番

あと千回のクラシック音盤リスニング(4)

-ロシアの郷愁のピアノ・トリオ―

アレンスキー:ピアノ三重奏曲第一番 ニ短調 OP.32

ボロディン三重奏団(Chandos  CHAN 8477)

3という数字は不安定、なのでトリオというのは難しい。

例えば、旅に出るとして、二人旅はよいし、四人旅もよい。 しかし、三人ならいっそ一人旅の方がよい。

私は拙著「クラシック33名盤へのオマージュ」でピアノ三重奏曲というジャンルは傑作が少ない、いや聳え立つような傑作がないと書いてしまった。 それは、この3という数字に起因するのではないかと分析している。

その考えは今も全く変わっていない。 とは言え、愛聴曲も結構ある。 その代表がこのアレンスキーのピアノ三重奏曲である。

今はCDにしてもSACDにしても、ほぼ100%ネットで購入するが、かっては秋葉原に出かけて石丸電器でこれはどんな曲なのかなあ、と作品にしても演奏にしても中身を想像しながら購入していた。 当りもあれば外れもある。 それが楽しいのである。

このアレンスキーは当りの典型で、今でもよく取り出す。 とくにチェロが深々と響く第三楽章が美味しい。 出だしのメランコリックな旋律も印象深い。

ロシアの室内楽? 大味に違いないと訝しく思われる方も多いであろう。

あの広大な大地の国、室内楽でいい作品は期待できない。 これが常識であろう。 このアレンスキーの作品は有名なチャイコフスキーの「偉大な芸術家の思い出」が下敷きとしてあるに違いない。 私もそうなのである。

昔も昔、中学生の頃、友人宅で受験勉強をしていた。 午後3時頃、休憩時にNHKラジオの「音楽の泉」を流していた。 そこで、このチャイコフスキー「偉大な芸術家の思い出」が流れてきた。 それは深い悲しみというより、何と美しい曲なんだという印象であった。

そして、その曲の最初のLPをようやく手に入れたのは結婚した頃か、スーク・トリオによる演奏であった。 このレコードは冒頭にシューベルトの「ノットルノ」が入っており、捨てがたい佳作で、これもお気に入りの曲となった。 チャイコフスキーはその後、スーク・トリオの新盤、チョン・トリオ、さらにクレーメル、アルゲリッチ、マイスキーという大物トリオ盤が続くのであるが、余程間隔を空けて聴かねば、新鮮な気持ちで聴く作品とはならない、そんな作品となってしまった。

一方、アレンスキーのトリオの方は未だもって魅力的で、時折取り出して聴く。

ロシア、広大な大地、そこに立つだけで寂寥感が迫ってくる。 私は最初シベリア周りでウイーンへと旅したが、モスクワ、レニングラード(当時)、ハバロフスクと言った大都市以外は暗い、広い国という印象を持っていた。 とくにシベリア鉄道での雪原と時折現れる白樺の樹、その広さと単純さ! いや、何もない殺伐とした風景と言った方が早い。

カナダにしてもそうである。 米国滞在中、夏休みに長距離ドライブを試みた。 私の希望は何はさておいてもアメリカなのでグランド・キャニオンだったが、家人が暑い所はいやだと言い出し、結局カナダ、しかもバンクーバーとなった。 いや、広い、広い。 ハイウェイ90号線を北上し、ウイニペグで左折、そこからひたすら西に向かう単純なコースなのであるが、愛車ビューイックにオイルを飲ませ、走りに走るものの、地図で確認すると、まだここかみたいな絶望感。

それよりも寂しい。 サスカチュワンなど突如としてお伽の国のような町が現れるのだが、それを過ぎるとまた広大な大地。 とにかく寂しい。

そのような広大な大地に存在する人間、存在そのものが孤独、そのような寂寥感がロシアの音楽には含まれている。

アレンスキーのピアノ三重奏曲第一番では、チェロでうたわれる第三楽章の旋律にそれがもろに表れている。 もちろん恋慕とか作曲家の個人的な感情が表現されているに違いないのだが、その底に根本的な寂寥感があるはずだ。

第二楽章のちょっとユーモアのあるしばし愉悦感に満ちた音楽が終わると再びロシアの憂愁の世界に戻ってゆく。

第一楽章、出だしの嘆きの歌みたいな旋律も極めて印象的である。 出だしがヴァイオリンなのにヴィオラみたいな低い音が選ばれている。 沈み込まざるえない。

悲しみに満ちたチェロの旋律、アルメニア・コニャックをやりながらこの悲しみの旋律を味わいたい気がしてくる。 キャビアがあれば最高であろうが、キャビアとは縁がない。 2回目のロシア(まだソ連時代)では帰途、アエロフロート機内で隣のサケ・マス成金(ロシア人)が最高級のウオッカとキャビアをずっと楽しんでいた。 ロシアでの最高のステータスなのであろう。

さて、このChandos盤のボロディン・トリオ、ヴァイオリンがロスティスラフ=ドゥビンスキー、チェロがユーリ=トゥロフスキー、それにエドリナ=ルバキナのピアノという組み合わせである。 ドゥビンスキーは言わずと知れたボロディン四重奏団(初代)の第一ヴァイオリン奏者、ルバキナは彼の奥さん、トゥロフスキー、三人ともロシアからの亡命者である。 ロシアへの郷愁が自ずと滲み出てくるであろう。 これはボザール・トリオのいかにも手慣れた演奏と比較してみるとより明らかとなる。

このボロディン・トリオの創立者はドゥビンスキーではなく、トゥロフスキーらしい。彼のミヤコフスキーとラフマニノフのソナタの1枚も素晴らしい。 写真で眺めるトゥロフスキーの風貌がまたよい。

私はレーベルとしてのChandosが好きである。 こういう企画もだが、さらに録音が素晴らしい。 ボロディン・トリオのメンバーが関わっているブラームスのクラリネット三重奏曲とホルン三重奏曲、メンデルゾーンのピアノ三重奏曲など愛聴盤が並ぶ。

また、アレンスキーのピアノ三重奏曲のこのCDにはアレンスキーのトリオの後にグリンカ「悲愴」のピアノ三重奏版が入っている。これがまたよい。

ロシア音楽に詳しい人は「悲愴」はチャイコフスキーの他にもある、知っているか、という質問をよく出してくる。 私はこのCDの存在のおかげで即答できた。

このCDではピアノ三重奏で演奏されているが、元々はクラリネット、ファゴット(バスーン)とピアノのための作品で、作曲者はファゴットの代わりにチェロを用いることまでは認めていたらしい。 しかし、ここではピアノ三重奏の形の編曲で演奏されている。

私は最初からピアノ三重奏の形で聴いてきたので全く違和感はない。 とくに情熱的なフィナーレが魅力的である。 終わると、気分が晴れ晴れとする。

佳作とも言えるなかなかの曲であるのだが、このボロディン・トリオの演奏で大満足、オリジナルのクラリネット、ファゴット、そしてピアノのレコードもウラッハ盤、ライスター盤と出ているのであるが、そこまで手を伸ばす気が起きない作品、そういうスタンスの作品とも言える。

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