メンデルスゾーン:弦楽四重奏曲第1番&第2番

あと千回のクラシック・リスニング(15)

〜若き天才の四重奏曲、カンツォネッタにインテルメッツォの魅力〜

メンデルスゾーン:弦楽四重奏曲第1番&第2番

EMI Alban Berg Quatet The Complete Recordings CD61

これはチェロの師匠からの贈り物である。
私のチェロは66の手習い、おままごとみたいなものだが、師匠は受賞歴多数の芸大出の才媛なり。
この師匠が音楽仲間で作ったメリア・クァルテットでメンデルスゾーンの弦楽四重奏曲をコンサートで取り上げると言う。しかも、この師匠が断言なさるのである、メンデルスゾーンの弦楽四重奏曲第2番は傑作である、と。凄い傑作なので、今度のコンサートにいらっしゃい、とお誘いがかかった。
メンデルゾーンに弦楽四重奏曲なんてあったっけ、と首を傾げる方も多いに違いない。
私は存在を知ってはいたが、レコードやCDを買って聴くほどの曲ではないとずっと思い込んでいた。作品番号は何と12と13である。
私は予習をしようと、1枚ものはないので、CD棚のBOXを漁った。すると、可能性があるBOXが二つ見つかった。一つはSonyから出たメンデルスゾーンの全集、今一つはこれも全集でアルバン・ベルク四重奏団のBOXである。
まず師匠一押しの弦楽四重奏曲第2番をヘンシェル四重奏団の演奏で聴く。第三楽章のインテルメッツォが親しみやすい名旋律である。しかし、あとの楽章はどことなく上すべりでやはり若書きの習作という匂いがする。
メンデルスゾーンは天才も天才、あの「真夏の夜の夢」序曲、これが何と17歳での作品で、かの有名な八重奏曲はその前年の作である。
メンデルスゾーンは件の弦楽四重奏曲2作を書いている頃、ベートーヴェンの後期の弦楽四重奏曲に嵌っていたらしい。だが、それら後期の弦楽四重奏曲は当時の知識人の間でも難解で晦渋な作品という評価で、メンデルスゾーンの父アブラハムも同様の意見だったようだ。いわば現代音楽そのもの、しかし、若きメンデルスゾーンはその音楽の虜となり、これら2作を創造する過程で大きな影響を受けたという。因みに、これら2作が作曲されたのとベートーヴェンの最後の弦楽四重奏曲が初演されたのはほぼ同時期である。

さて、CDに戻って、続いて同じヘンシェル四重奏団で第1番を聴くことにする。これは第二楽章のカンツォネッタがやはり親しみやすい、印象的な旋律である。他の楽章は第2番と同様の印象である。
このカンツォネッタは上品な美しい女性の憂いを帯びた表情、いや優雅な所作か、それを想起させるとてもチャーミングな旋律で、かってFM東海のクラシック番組のテーマ音楽として流されていたこともあったらしい。なるほど。

続いて、アルバン・ベルク四重奏団の演奏を聴いてみる。
アルバン・ベルク四重奏団(以下ABQ)は私にとって因縁を感じるカルテットである。
1974年2月、私はフランクフルトのゲーテ・ハウスを訪れた。すると、告示板にABQのコンサートのお知らせが貼ってあった。日時を確認すると当日の夕刻であった。正に一期一会の世界である。
プログラムはハイドン「騎士」、アルバン・ベルクの抒情組曲、そしてベートーヴェンの「ラズモフスキー第3番」。ラズモフスキーではピヒラーが腰を浮かせて弾くほどの白熱の演奏だったが、私が真に感銘を受けたのはアンコールで演奏されたラズモフスキー第1番の緩徐楽章Adagio molto e mesto - attacaであった。聴き始めると、あれっと、これは後期の弦楽四重奏曲のどれだっけ、と第7番という中期の作品とは気づかなかったのである。このコンサートで酔ったような特別な精神状態になり、横を歩いていたドイツ人に「素晴らしいコンサートでしたね」と声をかけた記憶がある。
次が、何とつくばで全盛期のABQに接している。中でもベートーヴェンの第14番Op.131、息詰まるような緊迫感に溢れた、素晴らしい演奏であった。ピアニッシモでは会場が静寂を通り越した「超静寂」に達し、そのピーンと張り詰めた空気は感動的であった。因みに、ノバ・ホールから私の当時の宿舎まで、3−4分の距離。最初がフランクフルト、次がつくばでの数分の距離、特別な何かを感じたコンサートであった。
さて、出会いから34年後、私は神奈川音楽堂でこの四重奏団のコンサートを聴くことが出来た。それはこのカルテットの「さよならコンサート」であった。当時、私は純粋な研究から足を洗い、会社顧問として本社のある横浜に足繫く出入りしていたが、神奈川音楽堂というのに辿り着くのに苦労した記憶がある。
実はこの一連のサヨナラ・コンサートで、最愛の四重奏曲であるシューベルトの最後の四重奏曲第15番が金沢だったか、富山だったかで演奏されるという情報を得て、「行くか?」と自問自答したが、結局諦めてしまった。自分自身のセネッセンスに起因するのだが、ABQも相同みたいな感じで、落ち着いた表現ではあったが、メンバーも変わり、「覇気」を失した演奏で、“ごくろうさまでした”、そういうコンサートであった。

実演ではかようにいくつかのパフォーマンスに出会ったにも拘わらず、録音ではこのカルテットでなくっちゃというCDがない。完璧な演奏なのは分るが、優等生過ぎて、滓みたいなもの、灰汁みたいな個性、そういう要素が蒸発しちゃった四重奏に聞こえる。
ABQのメンバーの顔を眺めると、皆ユダヤっぽい。そのような記述に接したことはないが、ユダヤのDNAを嗅ぎつける。しかし、演奏ではそういう匂いが消臭剤で消されたかな、みたいに聞こえる。
このメンデルスゾーンのCDではメンデルスゾーンの天才の流れに同調するかのような流れの速さがあり、ここはぴったしである。アバドのメンデルスゾーンの交響曲と同様の自然さが快い。早いテンポなので、余計に儚さを感じてしまう。

それに比べるとヘンシェル盤は骨太で楷書風であり、メンデルスゾーンには草書体がフィットする。
メンデルスゾーンの生涯における弦楽四重奏曲作曲の流れを俯瞰してみると、次に来るのは第4番ホ短調の作品44/2である。作品44は1番から3まであるが、やはり私の好みとして短調の44/2がベストである。
ここでは短調の疾走する悲しみに加えて、チェロの働きも見逃せない。そして、この疾走する悲しみ、これぞメンデルスゾーンの音楽の「きも」とも言うべき要素であるに違いない。なので、クレンペラー指揮交響曲第3番「スコットランド」のスローテンポの名演は異端的演奏と言えるかもしれない。これはフィジカルな問題と、さらに老境に入って巨匠の成り行きの演奏スタイルなのであろう。現にウィーン響との旧盤では疾走するテンポを取っている。
さて、いずれにしても作品44/2はメンデルスゾーンの成熟が十分に聞き取れる作品に仕上がっており、中にはシューベルトよりましだと評価する人もいるにはいる。いるにはいるのだが、私はその評価には異議を唱えたい。拙著の「33盤へのオマージュ」で強調しているように、シューベルトの晩年の作品には形は少々不細工でも、内容は梅毒により「あの世」を観た凄さがある。それに比べると、メンデルスゾーンは何となく、水表面近くを彷徨っているような浅さを覚える。

要するにメンデルスゾーンの音楽とはユダヤの宿命を背景に、ユダヤ・エリートの才能が満載された音楽なのであろう。
この作曲家に翳が生じるとすると、ユダヤ教からプロテスタントへの改宗であろうか。キリスト教への改宗と言うのは人生観が反転するような出来事であって、社会的には容認されたかもしれないが、後ろめたさからは免れないであろう。
ともあれ、若書きの弦楽四重奏曲は若鮎が飛び跳ねるような躍動感がある。八重奏曲然りである。
ロゼ・ワインでも呑みながらカンツォネッタ、インテルメッツォをご賞味あれ。