ベルリン放送交響楽団を聴く

「香港アート・フェスティバル -1977- 」から

 ベルリン放送交響楽団を聴く - 1977年2月、香港にて-

「香港アート・フェスティバル」はクラシック音楽ジャンルにとどまらずあらゆる分野で活躍する一流アーティストたちが集う総合芸術祭である。1973年に第1回が開催されこの時には日本からは小澤征爾&新日本フィルも参加している。開催時期は年によって若干異なるが毎年1月下旬から3月上旬の間に約1ヶ月間開催されている。今年は第46回目が開催された。私は1977年(第5回)と翌78年(第6回)のオーケストラ・コンサートを聴きに出かけた。今回は1977年(写真1)の思い出を綴ってみたい。
この年に招聘されたオーケストラは前半がガブリエル・フムラ率いる「ベルリン放送交響楽団(現、ベルリン・ドイツ交響楽団)」、後半がグラスゴーに本拠を置くクリストファー・シーマン率いる「BBCスコティッシュ交響楽団」であった。私は前半の「ベルリン放送響」の演奏を2月11日と13日の2回、会場である香港島の官庁・オフィス街に位置する「シティー・ホール」で聴いた。日本からは当時ケルン放送響の首席指揮者を務めていた若杉 弘が客演した(写真2,3)。振り返えってみると当時の「ベルリン放送響」は首席指揮者のロリン・マゼールが1975年に退任、その後首席の座が空位となりこのフェスティバルでは副指揮者のフムラが振ることになったようである。因みにリッカルド・シャイーが首席についたのは1979年からのことである。コンサートは各日とも午後8時開演。会場のシティー・ホールは両日共ほぼ満席で盛況であった。11日は若杉 弘の客演指揮でブラッハーの「パガニーニの主題による変奏曲」から始まった。パガニーニを主題とする作品は数多くの作曲家が手がけているがブラッハーのこの作品は新古典的で興味深いものがあった。つづくソリストに中国系ピアニスト、イトキン・セオウを招いてのメンデルスゾーンの軽快なピアノ協奏曲第1番、プログラムの紹介によればユーディ・メニューインが彼の才能を見出しナディア・ブーランジェ女史も絶賛したとのことだがその後の活躍はほとんど耳に入ってこない。そして休憩後にベートーヴェン交響曲第4番が演奏された。13日はポーランド出身ガブリエル・フムラの指揮(写真4,5)、この日もまずブラッハーの作品、「協奏的音楽」から始まる。そしてカナダの名女流チェリスト、ザラ・ネルソバとハンガリー出身の名バイオリニスト、ジェルジ・パウクを迎えてのブラームスの「二重協奏曲」は聴きごたえがあった。休憩後のメンデルスゾーン交響曲第3番「スコットランド」もフムラの棒にオーケストラも良く乗っていた。コンサート終了後、ホテルへの帰り道、海風が心地良く感じた。

写真1 1977年香港アート・フェスティバル公式プログラム表紙

写真2-1 1977年2/11 若杉弘指揮のプログラム

写真2-2 たまたま近くの席にいた若杉弘にサインしてもらった

写真3 1977年2/11 若杉弘指揮のコンサート・チケット

 

写真4 1977年2/13 ガブリエル・フムラ指揮のプログラム

写真5 1977年2/13 ガブリエル・フムラ指揮のコンサート・チケット