クルト・マズア&フランス国立管弦楽団来日公演を聴く、2004 

~2004年4月20日、サントリーホールにて~

「クルト・マズア&フランス国立管弦楽団」来日公演は2004年4月のことだった。筆者は彼が「フランス国立管弦楽団」の音楽監督就任するニュースを聴いた時、何か新鮮さが湧きぜひこのコンビによる演奏を聴いてみたいと思っていた。来日公演プログラムはブラームスの作品を中心に組まれていたこととムソルグスキー「展覧会の絵」がラヴェル編曲版ではなく過去に彼が「読売日響」定期公演でも演奏した「ゴルチャコフ編曲版」を用いたことなどいかにもマズアらしいプログラム構成だった。筆者は4月20日の「ブラームス・プログラム」を聴いた。「ピアノ協奏曲第2番」のソリストは1970年米国生まれのフランス系ピアニスト、ニコラ・アンゲリッシュ(当時34歳)である(写真1 来日公演プログラム表紙/写真2 筆者が聴いたプログラムA)。彼はピアノテクニックも素晴らしく上品で耽美的なブラームスを聴かせてくれた。後半の「第2番」の交響曲はマズアらしくやや速めのテンポで押し進め金管群もフランスのオケらしく厚みのある響きが印象的だった。マズアはライプツィヒ時代から「フェリックス・メンデルゾーン」研究家でも知られておりライプツィヒのメンデルスゾーンの住居の再建にも力を尽くし「フェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディ基金」を創設し作品の普及にも努めた。筆者が2002年に訪れたライプツィヒの「メンデルスゾーンハウス(博物館)」のパンフレットにはチェアマンとしてクルト・マズアの名前が記載されている(写真3 「メンデルスゾーンハウス・パンフレット(2002年)」/写真4 クルト・マズア氏、演奏会終了後サントリーホール楽屋口で筆者撮影/写真5 公演チケット)。写真の「ブルックナー交響曲第4番・第7番」の2LPレコード・セットは氏がゲヴァントハウス管弦楽団と1974年・75年に「独オイロディスク」に録音したもので公演終了後に日付入りでサインをいれて頂いたものである(写真6)。写真7は「クルト・マズア&フランス国立管弦楽団」来日公演のチラシである。

写真 1 2004年マズア&フランス国立管来日公演プログラム表紙

写真2  筆者が聴いたプログアムÅ(4月20日サントリーホール)

写真3  メンデルスゾーンハウス ライプツィヒ(博物館)パンフレット

写真4 クルト・マズア氏(2004年4月20日サントリーホール楽屋口で筆者撮影)

写真 5 マズア&フランス国立管4月20日公演チケット

写真6  マズア&ゲワントハウス管ブルックナー交響曲第4番&第7番 独オイロディスク2LP、公演終了後に日付入りでサインをいれてもらった

写真7 2004年4月マズア&フランス国立管来日公演チラシ