コンサートや自宅のオーディオ装置で長年クラシック音楽を聴いていて つくづく思うことがある。 それは「音楽は脳で聴いている」という至極当然のこと。 同じ演奏会場、同じオーディオ装置で同時に音を聴いたとしても、外耳から鼓膜、 耳小骨を通し蝸牛まで振動が伝わり耳神経から電気信号となって大脳に伝わる過程で 顔が違う様に大きな個人差があるはずで、同じ音信号が脳に伝わっていない。 この個人差の大きい電気信号が脳内では過去に経験した様々なメモリー情報に基づき 脳内反応が起こりアドレナリンが出て興奮することもあればエンドルフィンが出て 恍惚となることもある。 これが音楽に対する各人の好みとなるのだろう。 この感受性はDNAとして記録されているのものではなく後天的な音楽体験に依存する。 脳は過去の音楽体験を純粋経験として無意識に反応処理するのではないか。 そう考えるとあなたが感じている音楽による感動はあなたの人生が鳴っているとも言える。 だからこそ人それぞれにとってのいい音楽、いい音があって然るべきでしょう。 深い感動は音楽体験の積み重ねからもたらされる。 ゲバントハウスがその一助となればと願う次第です。(fumi)2015.12.28


 コンサートに足を運ぶと、何かしら新しい「発見」がある。 その日のプログラムのメインは、大抵「交響曲」が締め。 それに先立つ前半の最後に協奏曲、コンサートの幕開けには、 序曲や小品といった短めの曲というのが通例。 ところが、最近は有名なソリストを迎えた、ブラームスのピアノ協奏曲等を、 いきなりコンサートの冒頭に持ってくるパターン。 時代の流れと言ってしまえば、それまでだが…。 聴き手の側も、文字通り「序曲」から始まるその日のプログラムに、 期待に胸踊らせる「心の準備」が必要な気もするが、どうだろう?(T0RU)2015.12.15


 「光陰矢の如し」、年月が経つのは速いものだ。 さきごろ、東京で「国際科学技術博覧会’85(通称、「つくば科学万博’85」) 30周年記念大同窓会が開催された。 当時、私はこの「博覧会協会・催事部」に所属していた。 今振り返ると30年の月日がアっという間に過ぎてしまった。 出席したメンバーを胸に付けた名札を見ながら思い起こす。 約2時間に渡る宴会は当時のよもやま話に花が咲く。 時は30年前にタイム・スリップ、担当した様々な外国からの催事や クラシック音楽関係催事が私の脳裏をよぎる。 時の苦労話も古き良き時代の思い出とともに笑い話に変わる。 まだまだ若いと思っているが私も65歳を過ぎ高齢者の仲間入りをしてしまった。 今後は健康で趣味とともに明るく楽しく有意義に過ごしていきたいと強く考える 今日このごろである。 (カラヤニスト)2015.11.10