「わが心のザラ」-名女流チェリスト、ザラ・ネルソヴァのライヴ音源

・ドヴォルザーク:チェロ協奏曲ロ短調
   ザラ・ネルソヴァ(Vc)/エリアフ・インバル指揮フランクフルト放送交響楽団
    (1975.10.24 ヘッセン放送協会大ホール)

・ラロ:チェロ協奏曲二短調から第2楽章「間奏曲」
   ザラ・ネルソヴァ(Vc)/小澤征爾指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
    (1982.5.8&9. ベルリン・フィルハーモニーホール)

・ブロッホ:ヘブライ狂詩曲「シェロモ」
・ミヨー:チェロ協奏曲第1番
   ザラ・ネルソヴァ(Vc)/小澤征爾指揮トロント交響楽団
    (1966 トロント)

・カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ:チェロ協奏曲イ長調から第2楽章
   ザラ・ネルソヴァ(Vc)/ユーディ・メニューイン指揮イギリス室内管弦楽団
    (1987 ロンドン、バービカンホール)

「レコード芸術」と言えば、古くからクラシック・ファン必携の音楽雑誌として知られている。私もご多分に漏れず、若い頃から購入していたひとりだが、昔はこれにもう一冊「ステレオ芸術」という季刊誌を同時に購入していた。 「レコード芸術」とはまた違った視点から組まれた特集は、なかなか面白い記事が揃っていた。 そんな中に「私の秘蔵盤」という特集があり、特に私の興味を引いたのが、作曲家・冬木透氏が書いた「わが心のザラ」という記事だった。 「ザラ」とはザラ・ネルソヴァという女流チェリストのことで、彼女の弾くドヴォルザークのチェロ協奏曲への思いが熱く語られていた(ヨーゼフ・クリップス指揮ロンドン交響楽団による米ロンドン盤)。 いつか聴いてみたい、という願いは、エリアフ・インバル指揮フランクフルト放送交響楽団と共演したドヴォルザークのチェロ協奏曲のライヴ録音で叶うこととなった。 今回はこの演奏を中心に、ザラ・ネルソヴァの残したライヴ音源をご紹介したいと思う。
ザラ・ネルソヴァは1918年カナダのウィニペグ生まれ。フルート奏者だった父から音楽の手ほどきを受け、1930年12歳でマルコム・サージェント指揮ロンドン交響楽団と共演、ラロのチェロ協奏曲でデビューすると、その後トロント交響楽団の首席チェリストとなり、1942年にはニューヨークでの演奏会でアメリカ・デビュー。 その後、カザルスやピアティゴルスキーにも師事、戦後はイギリスを中心に演奏活動を行い、1962年から晩年までジュリアード音楽院の教授として後進の指導に力を注いでいた。 2002年ニューヨークで没。
ネルソヴァは多くの作曲家から高い評価を受け、1950年代には、バーバーのチェロ協奏曲やブロッホの作品を作曲者自身と録音、またブロッホから「マダム・シェロモ」と呼ばれるほど、ヘブライ狂詩曲「シェロモ」を得意としていた。 コダーイの無伴奏チェロ・ソナタやバッハの無伴奏チェロ組曲をレパートリーの中心に入れるなど、テクニシャンとしても知られている。
今回ご紹介するドヴォルザークのチェロ協奏曲は1975年、若きインバルがフランクフルト放送交響楽団の音楽監督をディーン・ディクソンから受け継いで間もない頃の録音だが、そつのない堅実な指揮ぶりは好感が持てる。 ネルソヴァのチェロは決して大見得を切ることはないが、自然に心地良く耳に入ってくる、品の良い音色の美しさが際立っている。 1982年にはベルリン・フィルの創立100周年記念コンサートに登場、小澤&ベルリン・フィルとラロのチェロ協奏曲から第2楽章の間奏曲を演奏、さらに1987年には、ロンドンで行われた「ストラディヴァリウス・コンサート」に出演、1726年製作の名器「Marquis de Corboron」を携え、C・P・Eバッハのチェロ協奏曲から第2楽章を演奏している。 どちらも緩叙楽章でのネルソヴァの美質が最大限に発揮されていて、優美さを持った美しい音色は一聴の価値がある。 先の小澤とは、トロント交響楽団と十八番、ブロッホの「シェロモ」で共演している。 これは1966年の録音だが、さすがに手慣れた演奏で、民族色を全面に押し出すというよりは、流麗な歌心に溢れていて、この曲の持つ瞑想性が強く出ている。 ネルソヴァの「シェロモ」にはアンセルメ指揮ロンドン・フィルとの1955年録音の名盤があり、さらに1967年にはモーリス・アブラヴァネル指揮ユタ交響楽団とステレオで録音している。 ミヨーのチェロ協奏曲第1番は様々な要素が混じり合った独特の難曲だが、ここではネルソヴァのテクニシャンぶりを聴く事が出来る。 どちらの小澤も若々しく勢いがあって気持ちのいい指揮ぶりだ。
冬木透氏はネルソヴァのドヴォルザークをロストロポーヴィチ&カラヤンの演奏と比較してこんな風に表現している。「ロストロのチェロは何よりも先ずその音色の艶やかさで王者の風を示すが、ネルソヴァもなかなか音の美しい人である。 テクニックに溺れないで、悠々と音楽を奏でているのがうれしい。 クリップスの棒にもどかしさがあって、カラヤン&ベルリン・フィルのようなスケールの大きな演奏になっていないのが惜しまれる。 しかし、ネルソヴァは、それには無頓着のようにゆったりとのんびりと、この叙情的な美しさに充ちた名曲を、マイペースで弾き込んでいる。 聴いていて肩の張らない、それでいて充分にドヴォルザークの音楽をたんのうさせてくれる、私にとっては精神安定剤のようなレコードなのである。(https://ml.naxos.jp/work/6237137)」

昨年2018年はネルソヴァの生誕100周年に当り、キングインターナショナルから10枚組のBOXと4枚組のセットが発売された。 これらは全てモノラル録音だが、アブラヴァネル指揮ユタ交響楽団との「シェロモ」やBBCクラシックスから出ていたチャールズ・グローヴス指揮BBC交響楽団とのエルガーのチェロ協奏曲は良質のステレオ録音で残されている。 これを機に、これまであまり陽の当らなかった、この名女流チェリストの名を是非心に刻んでほしいと願っている。

若い頃のネルソヴァ

1987年「ストラディヴァリウス・コンサート」でのネルソヴァ

ブロッホ:ヘブライ狂詩曲「シェロモ」/交響詩「荒野の叫び」< ザラ・ネルソヴァ(Vc)/エルネスト・アンセルメ指揮、ロンドン・フィル(1955年英デッカ盤)>(https://ml.naxos.jp/album/9.80809)

ブロッホ:ヘブライ狂詩曲「シェロモ」/イスラエル交響曲 <ザラ・ネルソヴァ(Vc)/モーリス・アブラヴァネル指揮ユタ交響楽団(1967年ヴアンガード盤)>

ドヴォルザーク:チェロ協奏曲ロ短調/森の静けさ/ロンドト短調、他 <ザラ・ネルソヴァ(Vc)/ウォルター・ジュスキント指揮セントルイス交響楽団>(https://ml.naxos.jp/work/6925324)

エルガー:チェロ協奏曲ホ短調/ブリテン:青少年の管弦楽入門 /ヴォーン・ウィリアムス:沼沢地方にて、他< ザラ・ネルソヴァ(Vc)/チャールズ・グローヴス指揮BBC交響楽団(1969年ライヴ 英BBC RADIO classics)>