「第2回」アーノルド・カーツ指揮ザールブリュッケン放送交響楽団演奏会
・グリンカ:歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲
・プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第2番ト短調 ドミトリ・アレクセイエフ(P)
・チャイコフスキー:交響曲第6番ロ短調「悲愴」
(1993.11.28 ザールブリュッケン、コングレスハレ大ホール)
実力を持ちながら、忘れ去られてしまった演奏家は以外に多い。 というより、実はそれの方が圧倒的に多いのかも知れない。 しかし、そんな中から素晴らしい演奏に出会うと、宝物を発見したかのような喜びがある。 前回ご紹介したディーン・ディクソンがそうだったように、アーノルド・カーツ(カッツ)も そんなひとりと言って良いだろう。
アーノルド・カーツは1924年に生まれ、 2007年に82歳で亡くなったロシアの指揮者である。 ロシアでは「シベリアのカラヤン」と呼ばれ、大家として知られていたが、 近年まで現役であったにも関わらず、我が国での知名度は極端に低い。 それはカーツが活動の場をシベリアに置いていた事が大きな理由のひとつと考えられる。 1956年シベリアのノヴォシビリスクに創設されたのが、 ノヴォシビリスク・フィルハーモニー管弦楽団で、 カーツはこのオーケストラの初代音楽監督となり、亡くなるまでの約50年間その地位にあった。 1997年には初来日を果たしているが、知名度が災いしてか、 会場は空席が目立ち、閑古鳥の鳴く有様だったようだ。 しかし、演奏はショスタコーヴィチの交響曲第8番をはじめ、 今でも語り草になるほどの名演だったそうである。 今回ご紹介する演奏は、カーツが1993年11月28日にドイツの 優れた放送オーケストラのひとつ、ザールブリュッケン放送交響楽団 (現ザールブリュッケン・カイザースラウテルン・ドイツ放送フィルハーモニー管弦楽団)を 指揮したライヴ録音である。
コンサートの一曲目は、グリンカの歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲で始まる。 軽快なリズムに乗って胸のすくような躍動感が心地良い。 この曲にはこんな演奏が最高だ。 2曲目は1947年生まれのロシアのピアニスト、 ドミトリ・アレクセイエフを迎えてのプロコフィエフのピアノ協奏曲第2番。 アレクセイエフは録音も少なく、なかなか聴く機会の少ないピアニストだが、 ここでは技巧の冴えと粒建ちの良い透明感あるピアニズムで圧倒する。 カーツの指揮はモダンで野生的な音色を持ちながら、 どこか重苦しいこのコンチェルトの重厚さを全面に押し出し、ダイナミックな表現。 しかしアレクセイエフのピアノはこのオーケストラとがっぷり四つに組み、 決して埋もれない。 何という鮮やかさだろう。
後半はチャイコフスキーの「悲愴」である。 全曲を通して47分36秒と、この曲の演奏としてはやや遅めのテンポを取っているが、 実際に聴いた感覚がこの時間のように感じないのは、 この演奏が生命力に溢れ、聴き手を夢中にさせる力を秘めているからなのかも知れない。 第1楽章は引き締まった緊張感に溢れた演奏で、 展開部では切れの良さが突き刺さるような激しい音のパッションを生んでいる。 第2楽章は流麗に歌い、爽やかな流れも魅力的。 第3楽章は溌剌としたリズムに乗りながらパンチの利いたクライマックスを築き上げ、 ビシッ!と決めるコーダは、この楽章の最もパワフルで刺激的な演奏である。 第4楽章は美しくも激しい情感が生々しく、起伏の大きいドラマティックな表現だ。 カーツの演奏は思いがそのままストレートに伝わって来て、実に人間的な魅力がある。 この「悲愴」の演奏はカーツの最良の美点が発揮された名演と言えるだろう。
カーツの録音は、ノヴォシビリスク・フィルを指揮したCDが数点出ていたが、 現在では入手困難のようだ。 幸いこの優れたライヴ録音が残されたことを感謝せずにはいられない。2012.07.12
(2007.4.14 「“のだめカンタービレ”に登場する曲を聴く 第4回」で紹介)
(2007.5.5 「“のだめカンタービレ”に登場する曲を聴く 最終回」で紹介)