「第5回」ナタン・ミルシテイン(Vn),ジュリアス・ルーデル指揮ウィーン交響楽団
・ゴールドマルク:ヴァイオリン協奏曲イ短調op.28
(1975.6.18 ウィーン・コンツェルトハウス大ホール)
名曲と呼ばれる作品はどの位あるのだろう。特に高名な作曲家の中に、それは数多く存在しているが、一般的にあまり知られていない作曲家の中にも、優れた作品、魅力に溢れた作品が数多く存在していることを見逃しがちだ。こうした作品を「知られざる名曲」「隠れた名曲」などと呼ぶことがある。今回は前回ご紹介したプフィッツナーのヴァイオリン協奏曲と共に、そんな作品のひとつに挙げられるゴールドマルクのヴァイオリン協奏曲イ短調の演奏をご紹介したい。
この演奏は、1975年6月18日にナタン・ミルシテインのヴァイオリン、ジュリアス・ルーデル指揮ウィーン交響楽団によるウィーン・コンツェルトハウスで行われた演奏会のライヴ録音である。
カルル・ゴールドマルクは1830年にハンガリーのケストヘイで生まれ、1915年ウィーンで亡くなった、ブラームス等と同時期の作曲家で、作品としては、このイ短調のヴァイオリン協奏曲第1番が最も良く知られており、第2番は殆ど演奏されていない。他に交響曲第1番「田舎の婚礼」、歌劇「シバの女王」が比較的知られているが、やはり演奏される機会は殆どない。しかし、ヴァイオリン協奏曲イ短調は、紛れもなくロマン派ヴァイオリン協奏曲の名曲のひとつに数えて良い作品である。ミルシテインによるこの演奏はその事を充分に証明してみせている。ナタン・ミルシテインは1904年ロシアのオデッサに生まれ、のちにアメリカに帰化。1992年イギリスで亡くなった20世紀を代表するの名ヴァイオリニストのひとりである。ジノ・フランチェスカッティと共に、遂に来日することなく、日本で聴くチャンスを断たれた大物のひとりとしても知られている。ミルシテインはこの曲を大変得意としていたらしく、確認できるだけでも4種類の録音がある。1942年ワルター&ニューヨーク・フィルとのライヴ録音。1957年ミトロプーロス&ニューヨーク・フィルとのライヴ録音。1959年ハリー・ブレッヒ&フィルハーモニア管とのスタジオ録音。そしてこの1975年のライヴ録音である。
指揮者のジュリアス・ルーデルは1921年ウィーン生まれで、近年はウィーン・フォルクスオーパー交響楽団と度々来日している。ゴールドマルクの作品では、1979年ウィーンでの歌劇「シバの女王」のライヴ録音が残されている。
第1楽章冒頭は、重厚で弾むような弦の響きがとても印象的だ。やさしく語りかけるようなヴァイオリンがすぐに入ってくると、流れに沿って夢中で疾走して行く。これは美しい。もっと美音のヴァイオリニストを探せばたくさんいるだろう。しかし、これは甘美な美しさはとは違う。この曲の魅力を引き出す美しさといって良いかも知れない。第2楽章も美しい楽章だ。ミルシテインのヴァイオリンは高音が艶やかで美しく、この楽章の魅力を充分に引き出している。第3楽章は小気味良いリズムで軽快に走り回るヴァイオリンが素晴らしい。何かに乗り移ったような熱気と興奮に包まれた、カデンツァから一気になだれ込むコーダも見事で、圧倒的名人芸で締めくくっている。ルーデルの指揮は単に付け足しの伴奏に終わらず、しっかりとしたオーケストラの響きを浮き立たせ、絶妙のバックアップで答えている。
この録音時、ミルシテインは71歳、瑞々しく張りのある音色、若々しい表現力はとてもこの歳のヴァイオリニストの演奏とは思えない程見事な演奏だ。ミルシテインを語る上で必ず挙げなければならない演奏のひとつである。2013.10.10