「第4回」エディット・パイネマン(Vn),ルドルフ・ケンペ指揮スイス音楽祭管弦楽団

・プフィッツナー:ヴァイオリン協奏曲ロ短調
・ドヴォルザーク:交響曲第9番ホ短調「新世界から」
(1973.8.15 ルツェルン、クンストハウス)

昔は今よりもっともっと夢中で音楽を聴き漁っていたものだ。そんな若い頃、レコードと平行してその手段としていたのが、FM放送からのエアチェックテープだった。ほとんどがライヴ音源に集中していたというのも、レコードならいつでも入手可能と考えていたからだ。ライヴ録音の魅力は、第一に世界各国でのコンサート、音楽祭等を居ながらにして楽しむことが出来ること。そしてもうひとつ、レコードではなかなか聴くことの出来ない演奏家や楽曲に出会えることも大きな魅力の一つだった。私にはそんなヴァイオリン協奏曲が2曲ある。ゴールドマルクのヴァイオリン協奏曲イ短調と、今回ご紹介するプフィッツナーのヴァイオリン協奏曲ロ短調だ。

プフィッツナーという作曲家すら知らなかった頃、オイゲン・ヨッフム指揮ベルリン・フィルによる演奏(1972年ライヴ)で、歌劇「パレストリーナ」~3つの前奏曲という曲で初めてこの作曲家を知り、続けてこのヴァイオリン協奏曲の存在を知った。ハンス・プフィッツナーは1869年にロシアで生まれ、幼少時にドイツに移住、1949年に亡くなった作曲家で、このヴァイオリン協奏曲は歌劇「パレストリーナ」と並んで、プフィッツナーの代表作である。

エディット・パイネマンのヴァイオリン、ルドルフ・ケンペ指揮スイス音楽祭管弦楽団によるこの演奏は見事だった。これは1973年8月15日にルツェルン音楽祭期間中にクンストハウスで行われた演奏会のライヴ録音である。パイネマンは1937年ドイツ生まれの女流ヴァイオリニストで、1972年にはフリッツ・リーガー指揮ミュンヘン・フィルが来日した折にメンデルスゾーンを演奏している。パイネマンのヴァイオリンは第1楽章から覇気に満ちている。線が太く力強い表現だが、音色はどこまでも美しく、暖かく、品がある。このプフィッツナーのように、ややつかみ所のない複雑な楽曲では、これは効果的だ。すんなり曲に入って行ける聴きやすさがあるのだ。この曲との出会いがパイネマンの演奏だったことも幸運だったのかも知れない。これまでに聴いたことのない新鮮な響きにすっかり心を奪われてしまった。短いオーケストラだけの第2楽章に続く第3楽章はこの曲の最もロマンティックな部分で始まる。すぐに第1楽章の旋律が現れ、弾むような曲想に変わり、不協和音が顔を出し、コーダは再び第1楽章の旋律が現れ力強く終わる。とても複雑な楽章だが、パイネマンのヴァイオリンはリズム良く、のびのびと歌い切っている。切れが良いのに冷たく感じないのは、パイネマンの音色の素晴らしさだろう。ケンペの指揮は、このヴァイオリンにぴったり付いて反応が良く、明晰で力強い表現が素晴らしい。スイス音楽祭管弦楽団は現在、アバードが率いるルツェルン祝祭管弦楽団の前身である。これまで、チェリビダッケとのシベリウス、ザンデルリンクとのブルックナー等、数々の名演を残してきているが、ここでも見事な演奏を聴かせている。

パイネマンにとってこのプフィッツナーは、よほど得意な曲だったに違いない。1979年にもコンドラシン指揮ミュンヘン・フィルとのライヴ録音が残されており、自信に満ちた説得力のあるこの演奏からも伺い知ることができる。パイネマンの正規盤は非常に少なく、グラモフォンにドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲等がある他、数点の録音が残されている程度だが、この優れたヴァイオリニストの存在を知る上で、このプフィッツナーのヴァイオリン協奏曲は貴重な録音となっている。

後半のケンペ指揮によるドヴォルザークの交響曲第9番「新世界から」も秀演である。ルドルフ・ケンペは1910年に生まれ、1976年に亡くなったドイツの名指揮者だが、この曲はケンペにとって得意曲のひとつだったようで、正規盤だけでも4種類出ている。第1楽章から第3楽章も良い演奏だが、何といってもこの演奏の白眉は第4楽章だろう。生き生きとした推進力に溢れた演奏で、その高揚感が素晴らしい。力感に満ちた金管群の響きもスケール感を増している。パイネマンとのプフィッツナーと共に、この「新世界から」もケンペの残した興味深いライヴ音源のひとつである。2013.04.27