春の特別講演会~金子建志氏を迎えて
日時:2023年4月15日(土) 午後2時〜午後4時30分
場所:龍ケ崎市 市民活動センター 2階大会議室
講師:金子建志 氏(音楽評論家・音楽学者・指揮者)
当日配布したプログラムはこちら
「指揮の見方」~過去の大指揮者の棒はなぜ判り難いのか~
(講演要旨:hatakeshun)
私は斎藤秀雄先生の最晩年に指揮法を習いました。 指揮法というのはもともとなかった。 先輩の指揮をみながらの伝承でした。 20世紀、ストラヴィンスキーが登場し、変拍子を含んだ複雑な作品が登場するに及んで指揮法についての認識が高まり、その指揮法を理論的にまとめたのが斎藤秀雄です。
斉藤先生が指揮の基本としたのは「叩き」です。 これは物が自由落下する状態を指しております。 物が落ちる速度は万国共通の自然現象です。
私が指揮棒を上から下に降ろしますので、降りた所に合わせて手を叩いて下さい。 「バン」合いましたね。 では、フルトヴェングラーのドン・ジョバンニの映像を流しますので、フルトヴェングラーの指揮に合わせて手を叩いて下さい。 「バン、バン」(笑) 合いませんね。
フルトヴェングラーの指揮は「叩き」ではありません。 斎藤先生はフルトヴェングラーの指揮テクニックを「先入」と呼んでおります。 この指揮法は指揮棒を止めておいて、動きだした瞬間に音を出すというやり方です。 フルトヴェングラーの指揮は動きだしてから揺れたりするので、さらに音が合わせにくいのです。
カール・ベームも「先入」です。 ではベームの映像を流します。 「バン、バン」。 フルトヴェングラーよりは合いましたが、ズレがありましたね。 実は団員はベームの腰を見て合わせたという説があります。 ベームは指揮棒を降ろす時、腰に力が入るんです。 一番有力なのはコンサートマスターの弓の動きに合わせたという説です。 コンサートマスターは野球でいうとキャッチャーに当たる需要なポジションなんです
。
カラヤンの指揮は芝居じみているという方もいますが、多様なテクニックを駆使する天才です。 必ずしも楽譜通りに指揮しません。 これはカラヤンがオペラ指揮者だからです。 オペラの場合、歌詞も理解し、歌手の調子も見ながらまとめなければなりません。 その場に合わせて柔軟に対応できる即興性が必要です。 カラヤン&ベルリンフィルによるブラームス第1番の映像を見て下さい。 演奏がはじまる前に小さく指揮する仕草をしてます。 これ予備運動です。 実に用心深い。 百戦錬磨のプロです。
カルロス・クライバー。 彼はアムステルダム・コンセルトヘボウとバイエルン放送交響楽団を主に指揮しました。 コンセルトヘボウはバイエルンに比較して、出が遅い。 クライバーはこれを見越して、同じ曲でも振り分けている。 クライバーは指揮棒を止めておいて瞬間的にパーンと指揮棒を跳ね上げるというテクニックを駆使し、独特の緊張感を生みだします。
楽員は指揮者のどこを見れば良いか。 一般論としては「腕」特に「手首がポイント」ですが、ゲオルグ・ショィルテイは「肘」が持論でした。 ショルティはフォルテの場合だけではなくピアニッシモの部分でも派手に肘を動かしました。 しかし、この指揮は楽員との意気が必ずしも一致しない。 映像を観て下さい。 「展覧会の絵」プロローグの場面です。 管楽器奏者が完全に無視しています。(笑)
マゼールは拍の分割をやったりする異能指揮者です。 ただ、乗った時と乗らない時の差が大きすぎる。 余裕があり過ぎるんですね。
ミュンシュが日本フィルを振った時(1962)の珍しい映像があります。 ミュンシュは幻想交響曲が得意でした。 断頭台の行進のところで、指を4本立てて指示しているところがあります。 4つに振るという指示ですね。 プロのオケに対してこんなことは珍しい。 それだけ日本のオケを信頼していなかったということでしょう。 後でこの時演奏していた楽員に聞いたら「バカにするんじゃない。 わかってますよ」と言っていましたね。
チェリビダッケは幅広く指揮を教えた方です。 簡潔で分かりやすい。 ただテンポが遅い。 テンポが遅いと指揮者に負担がかる。 しかし弛緩することなく、それで押通す人ですね。
ストコフスキー、この方の指揮は瞬間運動です。 予備運動がない。楽員は目が離せないから大変です。 田園のような曲は向かない。 レパートリーが限られます。
チェリビダッケとストコフスキーはシンボリックな指揮者で、事前のリハーサルを十分積んでそれを完璧に再現する。 オペラのように即興性が要求されるものは向かない。
トスカニーニは非常に正確な指揮をする。 この頃の指揮者は3拍子の出だしの棒をタテに振る。 ただ、最近の指揮者は斜めに振るようになりました。 それは変拍子に対応しやすいからです。
次にマルケヴィツチが日本フィルをした映像です(1968)。 曲目はブラームス4番の終楽章です。 マルケヴィツチの指揮の基本は“叩き”です。 叩きで始まって、瞬間運動でアクセントを付け、しやくりに入って弦楽器を鳴らす。
バーンスタイン。 バーンスタインを最初に聴いたのはニュヨークフィルとの来日の時(1970)でした。 曲目はマーラーの9番。 私はそれまでマーラーの9番は聴いたことがなかった。 当時の私の先生は柴田南雄さんでした。 柴田さんはバーンスタインを評価していなかった。 なので柴田さんから招待券をもらいました。 バーンスタインは荒っぽい指揮者だと思っておりました。 当時の来日オケは国歌の演奏をしておりました。 案の状、アンサンブルは乱れており、ベーム&ウィーンフィルとは大違い。 しかし、マーラーの第一楽章の終わり頃からとんでもない演奏だと感じはじめ、終楽章の静寂で圧倒されました。 バーンスタインの指揮は体が動きすぎると思いますが、音楽と連動して自然に動いてしまうものであり、体全体から音楽がほとばしる。 これがバーンスタインだと思います。
最後に指揮棒についてですが、指揮棒があった方が楽員全員に指示がいきわたり、音楽が締まると思います。 特にオケピットでは有効です。 ゲルギエフのように手首と指で指揮されたら困りますよね。(笑)