秋の特別講演会~金子建志氏を迎えて
日時:2024年10月12日(土) 午後2時〜午後4時30分
場所:龍ケ崎市 市民活動センター 2階大会議室
講師:金子建志 氏(音楽評論家・音楽学者・指揮者)
当日配布したプログラムはこちら
秋の特別講演会(10月12日)
講師:金子建志氏(音楽評論家・音楽学者・指揮者)
演題:「生誕200年のブルックナー」
開催日時:2024年10月12日土曜 午後2時〜4時30分
場 所:龍ケ崎市 市民活動センター2階 大会議室
*****************************************************************
「日本におけるブルックナー交響曲の受容」
~改訂版・原典版の問題を中心に聴き比べ〜
〇交響曲第8番ハ短調:1877年第1稿―第Ⅰ楽章フォルテ・シモで終わるコラール風コーダ部分
◆ケント・ナガノ&バイエルン国立管弦楽団
◆オルガンによる同一個所の演奏
指揮者によりアレンジされた演奏(1890年版第2稿:第Ⅰ楽章序奏部)
指揮者によりアレンジされた第4小節クラリネット出だし部分―、この部分ファゴットで演奏?
◆クナツパーツブッシュ&ミュンヘン・フィルの演奏とチェリビダッケ&ミュンヘン・フィルの演奏
第IV楽章コーダ最終小節
◆チェリビダッケ&ミュンヘン・フィル並びにクナパーツブッシュのアレンジによるミュンヘン・フィルの演奏
〇交響曲第4番変ホ長調”ロマンティック”から第III楽章-スケルツオ
第1稿1874年版:第2稿とは全く異なるスケルツオ
◆マルクス・ポシュナー&ウィーン放送交響楽団(2021年録音)
第2稿1878年版
◆ヘルベルト・ブロムシュテット&ライプツヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(2010年録音)
同スケルツオのトリオ部分
第1稿:マルクス・ポシュナー&ウィーン放送交響楽団(2021年録音)開始4分30秒から
第2稿:ヘルベルト・ブロムシュテット&ライプツヒ・ゲヴァントハウス開始4分20秒から
〇交響曲第1番ハ短調から第III楽章-スケルツオ主部
第1稿(1865-1866 リンツ稿):ショルティ&シカゴ交響楽団(1995年録音)
第2稿(1890-1891 ウィーン稿):ギュンター・ヴァント&ケルン放送響(1981年録音)
<チェリビダッケのブルックナーについて>
チェリビダッケのブルックナーの一般的な特徴を言うなら、「超微速前進によるスケールの巨きさ」ということになるだろう。晩年に手兵ミュンヘン・フィルと遺した全集には、その到達点が示されているが、中でも「8番」はエベレストのように超然と聳えている。
中でも本番を会場で聴いて圧倒されたのがⅣ楽章・183小節〜のティンパニー。ミュンヘン・フィルにはチェリを慕って個性的な名手が集まっていたが、ティンパニストのペーター・ザードロは怪物的な天才だった。EMIが死後に纏めたCDだと(7分57秒〜)で確認できるが、残念ながらサントリーホールの客席を圧倒した、あの巨人さながらの歩みは再現できていないと思う。こうした個性的な山場を改めて検証してみると、チェリが録音という行為自体を全く軽んじていた理由も納得がゆく。
サントリーホールに於ける来日公演は映像でも確認できるのだが、ザードロはアクセントを付けたい音を、重音で(つまり複数のティンパニーで)叩いているように見える。それがザードロによる「厨房の秘儀」的な隠し味なのか、チェリによる指示なのかは不明だが、限りなく「編曲」に近い行為なのは確かであろう。
より確信犯的なのはⅠ楽章・序奏部、第4小節のクラ(0分17秒〜)。第1稿には、この応答音型自体が存在せず、第2稿になって張り譜で追加したことが判る。その修正跡から推量して音程を変えた可能性も確かに考えられなくはないが、チェリによるこの変更自体は、音楽学者的なスタンスよりは、作曲家的なそれが感じられるように思う。
「7番」で最もチェリらしいのは威圧的なトゥティに入ったⅣ楽章96小節の瞬間的なディミヌエンド(3分54秒〜)。こうした減衰の指示は自筆譜・印刷譜ともに見られないので、初めて聴くと、かなり驚かされる。これはチェリが時々使う意表を衝いたフェイントで、堂々たるトゥティが断言的に終わる最終音などで、予想外の印象をもたらす。こうした効果は、即興的な「棒による技」では無理。リハーサルで周到に指示を与えた成果であろう。
「7番」のⅠ楽章で言うと、306小節のクラリネット(16分01秒〜)で「自筆スコア=原典版」の「7の和音の旋律線」を採らず、より自然に聞こえる改訂版の常識的なⅠの和音の分散和音を採用しているあたりは、自らの感覚を優先する人らしいと感じる。Ⅳ楽章の序奏的な主題提示で、改訂版=ノヴァーク版の緩急の頻繁な交替を避け、ハース版と同じインテンポに徹しているのも同様の美意識に繋がる。Ⅱ楽章の頂点177小節(22分36秒〜)では改訂版=ノヴァーク版の打楽器群(シンバル、トライアングル、ティンパニー)を盛大に鳴らす。こうした頂点で、したり顔で「学者的な解釈に逃げない」あたりもチェリらしい。
全く予想外の表現で驚かされたのが「4番・ロマンティック」Ⅳ楽章のコーダ。477小節から延々と続く弦の6連符の刻み(23分45秒〜)を、「3+3」という意表を衝いたアクセントで執拗に強調したのだ。クレッシェンドするほど、6連符1拍ずつのアクセントが異様な迫力で迫ってきた。スコア上も「3+3」に分かれている提示部・76小節〜(2分40秒〜)あたりを根拠にしているのかも知れないが、普通の感覚からすれば明らかにデフォルメで、コーダ印象を全く変えてしまっていた。
異様に遅かったり、聴き手に禅問答をしかけたり、といったあたりを特徴するチェリのブルックナーの中で、比較的、穏当な印象を与えるが「3番」。ただし、整理が行き届いたノヴァーク版・第Ⅱ稿(1888/89年)を使っているせいもあるだろう。もし大改訂+短縮を経る前の第Ⅰ稿だったら、さぞや破天荒な演奏になっていたに違いない。
そうした事情もあって「3番」は比較的、穏当な解釈だが、Ⅳ楽章155小節〜(4分36秒〜)や185小節〜(5分38秒〜)のシンコペーション音型は、いかにも現実的な音響を前提に解釈やテンポを決めるチェリらしいと感じる。
パイプオルガンという楽器は、鍵盤を弾いて少し経ってからパイプが鳴る。そのディレイ構造上をそのまま実像化したのが、こうしたエコー的なオーケストレーション。チェリはオルガニスト、ブルックナーならではのこうした音響を理解した上で悠然と振るから、構造が良く判る。
どちらかというと非凡な個性が刻印されている部分にスポットを当てる形になってしまったが、超微速前進による発見を愉しみながら、深海を覗くように聴き直してみてはいかがだろう。
2024年9月 金子建志
*******************************************************************
<金子建志 氏・略歴>
1948年千葉県生まれ。1966年東京芸術大学音楽学部楽理科入学。在学中、音楽理論を柴田南雄に師事し、指揮法を渡邉曉雄や高階正光に師事。1970年3月、同大卒業。この後、指揮法を齋藤秀雄に師事。1985年、千葉フィルハーモニー管弦楽団結成。同楽団の常任指揮者として活動する他、市川交響楽団や世田谷交響楽団、19世紀オーケストラ、アンサンブル花火などの指揮者としてアマチュアオーケストラ活動にも関与。『音楽現代』、『レコード芸術』、『朝日新聞』の新譜月評を担当。NHK-FMの「海外クラシックコンサート」や「ベスト・オブ・クラシック」、ミュージックバードのクラシック音楽番組で解説を担当。2022年度「第60回レコード・アカデミー賞選定委員長(交響曲部門選定委員)」。常葉学園短期大学音楽科教授。武蔵野音楽大学非常勤講師。著書に「ブルックナーの交響曲:こだわり派のための名曲徹底分析」(音楽之友社)、「マーラーの交響曲:こだわり派のための名曲徹底分析」(音楽之友社)、「200CDオーケストラの秘密」(立風書房)他多数。