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グレン・グールド (その4)
恐らく、それは強迫神経症です。
精神疾患を専門とする医師にとっても実は統合失調症よりもある意味治療に困難がある病です。例えば極度な清潔気質であるとか、人前に出られない、電車に乗る事が出来ないなどのパニック障害等の類いの病でもあり自律神経失調症と解釈される事もある病です。
グールドが持ち歩いた、おびただしい薬の数々は当時まだ(現在に至ってもそうですが)治癒方法の確率していない、強迫神経症を何とか治そうと処方された、或いは自身で探し回った薬である可能性はかなり高いと思います。専門医から1日に十種類もの投薬を受けている強迫神経症の患者を見たことがあります。現在の精神医療ではかなり改善が進んでいますが、完全な治癒に至るにはまだまだ道のりは遠いそうです。
演奏の為に舞台に立つピアニストは途方もないストレスにさらされます。一流のピアニストでもそれは変わりません。いえ、むしろ一流のピアニストの方がストレスは強いとも考えられます。偉大なウラディミール・ホロビッツは神経を患い引退の危機に何度も見舞われました。ピアニストは常にそうした危険にさらされているのです。舞台に立つ事の恐ろしさが強く迫って来るのです。舞台に立つと「緊張」するなどと言う生やさしい感情とは違うのです。まさに舞台に立つ、聴衆の目に我が身をさらす事が恐怖となって迫って来るのです。ストレスと言うよりまさしく「恐怖」なのです。この感情は健康な人にはなかなか具体的に実感するのが難しいかもしれません。
グールドは恐らくある時点から強迫神経症がより重くなりついには舞台を拒否せざるを得ない心理状態になったと推測します。「コンサートは死んだ!」ニーチェの「神は死んだ」をもじった様な一言のもとにグールドは舞台から去ったのはそんな事情があったからだと思います。
さて、素人が論じられる領域ではないかも知れないと前置きしておりますが、今しばらくこうした論点でグールドについて話を進めて行きます。しばらくと言うのは、やはりこの天才ピアニストについてはその演奏芸術について語らなくては意味がないからです。それはまた別の章を設けて続けて行きたいと思います。
問題なのは、舞台から去ったピアニストが凡庸なピアニストではなく社会現象になるような天才ピアニストであり、哲学的な捉え方が出来る言動や行動を繰り返したピアニストであったことにあるかも知れません。凡庸なピアニストなら話題にもならずにいつの間にか消えてしまった、で、終わりです。グールドは残念な事に凡庸ではなかったから話が大きくなり、あげくのはてに「コンサートは死んだ」などと意味深長な発言などするから音楽ファンや専門家はグールドの舞台からの引退を芸術的見地からの哲学的な考察に基づく「あれかこれか」と捉え複製芸術の存在やその意義に付いてまで議論したのです。現在の私達の音楽風景を支配するレコードの存在は(CDと言っても良いですが)是か否かと言う議論までなってしまったのです。
その5に続く