グルダ その7

グルダの「クラシック音楽が曲目ではない」と最初から銘打った演奏会がありました。そうした演奏会に覚悟を決めて出掛けるのは大変に気楽です。何しろ曲目が何かを知らされない演奏会やクラシック音楽のリサイタルであるとされていたのに出掛けてみたらグルダのインプロビゼーションに散々付き合わされた挙げ句に最後のアンコールでバッハを、それも極めて清涼なバッハをやっと聴けたと言うような話を山ほど聞かされれば聴衆は懐疑的にもなろうと言うものです。最初からクラシックではないと知って行くのはだから気楽です。
グルダのインプロビゼーションにはグルダがいかに全てに向かって反抗の構えを見せても、どこかしらルートヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェンの香りがするのです。私にはそうとしか聞こえません。ジャズを表現手段として自由に弾いているとグルダは主張するでしょう。それでも本人が主張するほどに、その演奏はジャズの自由と退廃と刹那的な輝きに満たされてはいないのです。ジャズを自由・退廃・刹那と言いましたがこれは私のジャズに対する個人的な印象です。
グルダはやはりクラシック音楽のピアニストなのです。スキャンダラスを看板にするロックミュージシャンの様に裸で!演奏しにやって来たとしても、いかに破天荒を装って抵抗を示し反動を表明しようとも、その素晴らしいクラシック音楽の演奏は、二度と得ることの出来ないかけがえのないものなのです。
グルダの行動が私たちを惑わせます。グルダのジャズ演奏だって素晴らしく納得のいくものだと言えます。それでもグルダはクラシック音楽のピアにストなのです。なぜなら、グルダのベートーヴェンは他に綺羅星のごとく存在する偉大なピアニスト達の演奏に何の引けも取らないどころか、肩を並べているからです。ジャズの演奏で高い評価を勝ち得ていてもそれはなかなか良い演奏だとの評価以上にはならないのが現実です。誰が本気でビル・エバンスと比べるでしょうか。いや、チック・コリアと肩を並べていると言うかもしれません。共演していますから。だけれども、もう一度しつこいようですが、グルダのベートーヴェンのピアノソナタを例えば、グルダの弾くワルトシュタインソナタに耳を傾けてください。この演奏には精気に満ち溢れたしなやかさがあります。こうした演奏を聴いて私にはグルダがジャズピアニストであるとはとても思えないのです。グルダのベートーヴェンには最良の躍動感が「密やかに」放たれているのが聴こえるのです(密やかにとは力ずくではないと言うことです)。グルダと言うへそ曲がりを通して!

グルダ 終わり

フリードリヒ・グルダFriedrich Gulda, 1930年5月16日 〜 2000年1月27日)