〜 ある昔話の寓話 〜
*これはフィクションです。特定の人物、あるいは団体を指すものではありません。

まさしく文学は便利この上ないものです。小説と同じ領域になるのですから、どの様に書いても問題なく、いかなる表現も可能です。

「春風の様に匂い立つ音」と書いても誰も文句は言わない、いや言えません。 何しろ文学ですから。 「このスピーカーは特に高音がスピード感を持って立ち上がる」、電気は光と同じ速度のはずです。 なんでしょうね? スピード感? 誠にこうした表現は文学だからこそ出来る事です。 なるほどスピーカーのコーン紙あるいはダイアフラムは質量を持っているので電気信号入力がコイルを通りコーン紙を動かすときにタイムラグがあるのでしょうが、それならAスピーカーはBスピーカーより千分の1秒早くコーン紙が動き出すと測定結果を述べるべきでしょう。 そんな微細な事が測定できる測定器は無い? あるいは大変高価なものなので用意が出来ないならその事を断っておくべきで文学にすり寄って正体不明の表現などするべきではありません(感覚的にスピード感と言う言葉の印象は分からない訳ではありませんが、あくまでも文学的な言い回しであり、やたらに使って電子工学の領域を無視して電子回路の塊のオーディオ装置を語るのはいやらしい行為です)。
感性に働きかける文学は理解しやすく、文学の力を借りれば音響力学的な矛盾や欺瞞さえも平然とまかり通るのです。 それを見過ごすべきではないのです。