リヒテル その2

そもそも、リヒテルは純粋でありながら混沌とした自己矛盾を抱えたピアニストです。ブリューノ・モンサンジョンは「彼が打ち明けたことは話しぶりも内容も、こちらの心を揺さぶるほど無邪気だった。」と証言しています。無邪気さと鋭い洞察。リヒテルのピアニズムや演奏ぶりからも何かが起こる予感に満ちたピアニストであり、そこに自己矛盾も見え隠れしている様に感じます。私はリヒテルに対しアンビバレンツ(二律背反)と言う単語を何時も思い浮かべてしまいます。
リヒテルほど型破りなピアニストはいない様に思います。全てにわたって他のピアニスト達が歩んで来た道とは違っていると思うのは、多分に私だけではないと思います。
リヒテル自身の言葉として語られた事を信じれば、リヒテルは8歳の時に初めてピアノに触れ、お決まりの練習曲などには見向きもせずにショパンのノクターン、練習曲とベートーヴェンのテンペストを弾いたのだそうです!
8歳から? 他のピアニスト達がほとんど3歳頃にはピアノに向かっていた時にリヒテルはまだピアノと出合っていなかったと言っているのです。そして初めて手掛けた曲がショパンのノクターンやベートーヴェンのテンペストだなんてバイエルから始めた日本のピアノ学習者から見たら、それでも世界有数のピアニストになれたのがにわかに信じられません。安心しなさい、あなたが3歳でピアノをはじめられなくて、遅くピアノを始めても努力しだいで世界有数のピアニストになれます。なぜならリヒテルと言うお手本がいるからですと言いたくなります。もちろん、リヒテルは例外中の例外です。スタートの時点が如何に破天荒であったのか、そしてその真似をして遅くピアノを始めても大丈夫だとリヒテルをお手本にするのが如何に愚かは説明するまでもありません。
最近の報告を聞いてもピアノの教育は早ければ早いに越したことはなく3歳には始めないとピアニストにはなれないと言う事です。それは昔から良く言われている事ですし、大概の有名なピアニスト達はほぼ3歳頃には確かにピアノを弾いています。ある程度歳を食ってから(それでも8歳ですが)始めたピアニストは例外だと言えます。この様にリヒテルは既にスタートの時点から異例のピアニストだったのです。しかも、基礎中の基礎教育を受けていない、ほとんど独学でピアノを習得したと幾つかの文献を読んでもその様にしか書かれておりません。

リヒテルのピアニスト人生の航海の始まりは前代未聞の「荒っぽい」出帆だったのです。

その3続く

スヴャトスラフ・リヒテルの家族、後列右:リヒテル本人(15歳?)、左:姉、前列右:母、左:父