イエルク・デムス その5

デムスのシューマンに対する思いは、幻想性とかあてどなさにはないのです。熱狂をもとより求めているとは言い難い、もっとより敢えて言いますが生真面目な演奏を目指しているのです。先に言いましたように古典的な響きへの回帰とでも言えばよいのかそうしたものに向かっているのです。
確かにデムスへの評価の一つとして自由なスタイル、それゆえ自在さを評価されて伴奏にも高い評価を得ていると言う考え方があるようですが、自由なスタイルと古典的な基盤とが相容れないものであり、従ってデムスの演奏を先に述べましたように、生真面目であるとか古典的な和音の響きとか言えるのかと思われるかもしれません。だけれどもデムスの自在さを表すのなら、柔軟性と言った方が相応しく思われます。基本は常に構築する曲へのゆるぎない共感なのです。
シューベルトを弾く時のデムスを考えたときに古典的な響きとデムスと言うピアニストの素性が理解できるような気がします。
多くのピアニストがレパートリーとして取り上げるシューベルトの即興曲D.8999(作品90)の第一曲にしてもデムスが鍵盤を打ち込むときに厳しさが顔を覗かせます。このハ短調アレグロ・モルト・モデラートのフォルテ部分にさしかかったところでその姿が見えます。あるいは第二番変ホ長調アレグロの曲においても同様のことが言えます(楽譜参照)。情緒的な面より構築物としての即興曲を築いているようです。だからと言ってけして堅苦しい音楽になってはいないのですが、シューベルトの即興曲に心地よさとか情感を求める向きにはいささかデムスの解釈はしっかりしていると思えるかもしれません。イエルク・デムスが求めているのは古典的な響きなのだとこんなところでも理解できます。

シューベルト:4つの即興曲D.8999(作品90):(https://ml.naxos.jp/work/5584719):イエルク・デムス(Pf)

つづく

作品90(D・899)第一曲:103小節部からピアニッシモ、フォルテ、フォルテッシモと表情を変えてゆく即興曲の動きをデムスは的確な足取りで弾奏している。

作品90(D・899):第二曲 後半最後のページのフォルテッシモ、アッチェレランド、スフォルツァンドと表情は厳しさを増してゆく。それなのに即興曲の趣を壊さない懐の深さが垣間見える。