どこに座れば良いのか、戸惑っていると、fumi氏がカウンターで良いでしょうと言いましたので三人は並んでカウンター席に腰を下ろしました。 本来ならかなりの人数が入る大きさのレストランでしたが、玄関右の部屋は真空管アンプとスピーカーに占領されています。 カウンター後ろの部屋もアンプとスピーカーが所狭しと置いてありました。 左手一番の奥の部屋にテーブル席がありそことカウンターが食事の出来る「数少ない」場所と言ったところです。 レストランではなく真空管アンプ製作工房にいると言った方が状況をお分かりいただけるのではないでしょうか? しかも、左手奥の食事が出来る部屋のテーブルの上にもシャーシを立て底の内部配線が見えるように、製作中のアンプが置いてあるではありませんか。 そしてその配線のなんと言って良いのか、独特の姿を見ていると、奇麗で分かりやすい。 今まで見てきた全てのアンプの配線とは隔絶した配線に絶句したと言っても大げさではありません! 佐久間氏のアンプ製作、回路哲学が凝縮されているのが、ビリビリと伝わって来ました。 本当にビリビリとです。素人の私には見当もつきませんが、トランス結合のアンプはあんな配線の塩梅になるのでしょうか? いえ、やはりこれはもう佐久間流の他の人は踏み込まない、踏み込めない? 世界だと言う以外にない様に感じました。

ハンバーグステーキを頼み(メニューはそれしかない? 佐久間氏は「こちらが本職です」と)ホッと一息ついたところでカウンター背後の棚の上半分は食器類、下半分に並べられた六台はあったアンプから視線を右上に転じますと、何やら妙な物体が吊るしてあるのが目に入りました。 私の視線に気が付いたE氏が、それが有名なローサーを入れた「樽」スピーカーだと教えてくれました。 コンコルドに向かう道すがら、ローサー入りの樽スピーカーの話は聞きましたが、それが実際にどんな物なのか、具体的にイメージ出来ませんでした。 目の前に吊るされているのは、なんと本当の酒樽! しかも、スピーカーの開口部らしきところには自作でしょうか、ネットが被せてありスピーカーユニット自体は見えません。 教えて貰わなければそれが音を出すスピーカーだと気が付かなかったことでしょう。 本能的に私は背後の棚の左上に視線を走らせました。 何のために?もちろん、左チャンネルの樽型スピーカーを探すためにです。 左チャンネルは、しかしそこにはありません? 樽スピーカーのさらに右手、真空管が並べてある部屋にも視線を走らせましたが、樽スピーカーの片方は見当たりません? そして私は重要な佐久間流オーディオ哲学を知ったのです。 モノラル再生こそが佐久間流の肝だという事を・・・です。 今のご時世に!ハイレゾだ、サラウンドシステムだ、などと言う時代にモノラル再生! モノラルの音源はモノラルで再生するのが良いと言う意見はいろいろな人からたびたび聞いていましたが、ステレオ再生は全く考慮しないシステムで構築された真空管アンプの館の主人はまるで別世界の館の住人に思えました。 これは普通のオーディオマニア(いえ、「無線と実験」誌にもアンプ製作記事を書くのですからマニアではなくプロかもしれませんが)と言うイメージからかけ離れた人だと知ったのです。 その強烈な印象を私は忘れることが出来ないと思います。 そしてモノラル世界の真空管アンプの館の主人は何気ない素振りで、レコードをかけてくれました。 瑞々しい声で女性ボーカルの歌声が響くと、帯域の狭さだの、高音の伸びだの、重低音の響きだのと言った、要するにハイファイと言う言葉はどこかに見知らぬ国に行ってしまいました。
そこに「居る」のは生きた歌手その人だと、活き活きと伝わるぬくもりを感じたのです。何か他のオーディオマニアとは根本的に違った世界観が如実に感じられました。
さて、先に佐久間氏のオーディオについて述べましたが、肝心の佐久間駿氏の印象やお人柄をどう感じたのかまだ話がそこまで行っておりませんが、今しばらくお付き合いください。
いろいろなお話を頂きました。お話もさることながらいろいろ音楽も聴かせて頂きました。 1000V! まかり間違えば本当に感電死してしまう電圧を要求する大型真空管211を使ったアンプなどを見ながら、いえ聴かせて頂きながら「佐久間オーディオ哲学」の真髄を佐久間氏の何気ない一言に教えられました。 他の方々にはもしかしたら普通の意見、考え方なのかもしれませんが、私にとってはまさしく目からうろこの一言でした。

それは・・・。(kazu)

(3)に続く