「20世紀のピアニスト達」への序奏

20世紀に活躍したピアニスト達について取り上げて行きたいと思います。20世紀と言っても非常に範囲が広く、取り上げるピアニストの数も相当なものになってしまいます。19世紀生まれのピアニストも若干取り上げて行きますがそれは主に活躍の場が20世紀に軸足を置いた活動をしていたと言う事です。又、今世紀に活動しているピアニストについても言及しますが、活動の軸足が20世紀だと思われるピアニストは20世紀のピアニストとして取り上げて行きます。
ここで取り上げるのは誰もが知っている有名なピアニストが中心になります。やはり20世紀を代表するピアニスト達を語る事がピアニスト達の事を知る近道になるような気がします。
ただ、残念な事ですが、有名なピアニストを取り上げる中で例えばヴィルヘルム・バックハウスとかアルトゥール・ルビンシュタイはここでは取り上げておりません。他にもあのピアニストが取り上げられていないとお叱りを受けるかもしれませんが、ご容赦くださいますようお願いします。
ここで取り上げることが出来ないピアニストとはすなわち筆者が実演に接する機会を得ることが出来なかったピアニストであることをお断りさせて頂きます。どのような理屈や言い訳をしても筆者には実際に聴いて、舞台と客席の隔たりがあろうとも、その人物と触れたことのないピアニストを生き生きとあるいは理解して文章にすることは難しいのです。どうか、お許し頂けます様お願い申し上げます。
実演に触れた事のないピアニストを生き生きと表現出来ないのはレコード、テープ、CDあるいはハイレゾ音源など優れた音で再生出来るシステムが普及している現在において筆者の能力不足だと言われればその通りですとお許しをこうしかありません。ですから著名な20世紀のピアニストを取り上げると言ってもそれほど大した人数になるわけではありませんのでご安心ください。
私達は歴史の流れの中で常に先人達が積み上げてきたものの恩恵を頂きながら明日に期待をつないで生きています。20世紀、過ぎて行った時代のピアニストについて取り留めもない話をしているうちに見えてくるものがたくさんあるような気が致します。
そして何より20世紀の巨星達について語ることが楽しい事だと率直に思うのです。もちろん、ここで記されたことに反論があるでしょうし、書く内容に誤解や過ちも出てくるに違いありません。また、そうであっても、あるいは誤解や過ちの存在も、その都度修正を施して行く事によって、ピアニスト達をより深く理解出来るであろうし、そうする事によって私達は今日に至るピアノ音楽の発展を得られたのだと思います。
過ちや誤解や偏見を振り返って退けて行けたらと思います。そんなこんな、あれやこれやを含みながら、ある意味では大変危険な、楽しいピアニスト達の世界へ足を踏み入れてみたいと思います。
連載形式になりますが、どの程度まで筆者の息が続くのかは神のみぞ知るというわけです。ぼちぼちやっていこうと思います。
取り上げるピアニスト達は順不同になりますが下記の人々を予定したいと思います。

スヴャトスラフ・リヒテル、エミール・ギレリス、ウラディーミル・ホロヴィッツ、ウラディーミル・アシュケナージ、ヴィルヘルム・ケンプ、アルトゥール・ベネディッテ・ミケランジェリ、フリードリッヒ・グルダ、マウリツィオ・ポリーニ、パウル・バドラ・スコダ、イエルク・デムス、ルドルフ・ゼルキン、マルタ・アルゲリッチ、アリシア・デ・ラローチャ、アルフレート・ブレンデル、ジョルジュ・シフラ、その他、その他、その他多数です。

要するに誰もが知っているお決まりのピアニスト達です。今更、これらの人々について改めて語っても何も新しい事など無いと言う事かもしれません。既成の事実をなぞるだけ、追確認をするだけかも知れないわけです。
しかし、一人のピアノとピアノ音楽と他ならぬピアニストのファンが経験して来たことを書き連ねて行けば、少しは何かがあるのではないか、あるいは書いている筆者自身が何か改めて気が付くことがあるのではないかと、良い方に解釈して始める事に致します。
さて、ではピアニス個人個人の良く知っているようでいて知らない、実は未知なる世界に足を踏み入れる航海に出かけることにしましょう。上で大変危険なと書きましたが案内人が誰あろうこの私ではいつ難破するか分からない危険を鑑みて乗船していただければと思います。まあ、オランダ人の船長の様に永遠に彷徨はなくてはならない訳ではないと、遭難してしまう事も無いだろうと言う事で出帆致します。気楽にお付き合いください。
平和な航海でありますように。