イエルク・デムス その4

なぜならシューマンのピアノソナタ第2番は前後のピアノソナタ1番、3番より遥かに凝縮された曲だからです。 つまり幻想的であてどない方向へ彷徨い出す1番や3番と違い、まとまりのある本来のピアノソナタの構造を強く持った曲なのです。 シューマンの和声をデムスは構造的なソナタとして表現すべく弾奏しているのです。
第一楽章の5小節目の八分音符Dから9小節までのルバートも賛否はあると思いますが、デムスのこの曲への意思の表れだと思います。
ピアノソナタ第2番を難物と書きましたが、このソナタを正確な意味で弾くことが可能なピアニストはこの世にいないからです。
冒頭でのシューマンの指示は「出来る限り早く」です(先の楽譜第1ページ冒頭参照)。 第一楽章後半最後の2ページには「もっと早く」「さらに早く」と指示が出ています(楽譜1と2参照)。 そもそも出来る限り早く弾き出して「もっと」!「さらに」! 早く弾ける訳がありません。 昔からこの指示に対する解釈は感情の発露、気分を表す表記で実際の演奏速度の指示ではないのだと言われています。 そう解釈しなければ本当にこの曲は演奏不可能な曲としてお蔵入りにするしかありません(ある意味ではこの指示のおかげで史上最も難しいピアノ曲と言えます)。
デムスの演奏はもちろん感情、気分を表現するものです。事前に(直前ではくそのかなり前から)演奏可能な早さに整えて「もっと早く」の指示からアッチェレランドしてゆきます(楽譜3参照)。

シューマン:ピアノソナタ第2番ト短調作品22(https://ml.naxos.jp/work/2060027):イエルク・デムス(Pf)

つづく

楽譜1  もっと早く:シューマンは冒頭の出来る限り早くからさらに演奏速度を上げるように無理な指示をしている

楽譜2  さらに早く:シューマンはその上に重ねて速度を上げよと言っているだ。 まじめに考えれば弾くことは出来ない!

楽譜3  事前の部分:イエルク・デムスはおよそ1ページ前の3度下降和音の部分の曲想が変化する辺りからもっと早くに
対応する準備を始めている。 特にリタルダンドの指示がありア・テンポで戻した時に歌うような表情