ブレンデル その6
クライスレリアーナ作品16は子供の情景作品15と後の幻想曲ハ長調作品17の間にある曲ですが、これら3曲の曲の中ではもっとも難解な曲だと言えましょう。 それだけにシューマンのピアノ作品の中でも傑作の呼び声が高いのです。 楽曲解説風に言いますと急と緩、短調と長調が対比的、有機的につながる8曲からなる作品と言う曲ですが、バラバラに各々を弾くならばそれほど難解には感じないかもしれません。 ところが対比的、有機的に弾くのなら途端に大変に難しい曲になるのです。 第1曲、2/4拍子ニ短調は「激しく躍動して」と指示があり3連符のアルペジオが、幾つかの臨時記号を引き連れてアクセントを伴いながら上行を始めます。第一曲の演奏いかんで、クライスレリアーナ全体の演奏がどのようになっていくかが決まると言っても過言ではありません。
3連符のつながりは弾いてみると良く理解できるのですが、テクニックの問題ではなくアクセントをどの様に処理しようとも流麗、華麗になどとても弾けない、逃げ道の無い部分です。 そしてクライスレリアーナの全体像がこの始まりの部分で決まるのだとは今述べた通りなのです。
なぜなら、クライスレリアーナは第3曲、2/4拍子ト短調「激しく駆り立てるように」を経て第7曲、2/4拍子ハ短調「非常に早く・さらに早く」の『静寂』に向かって収斂されていく曲だからです。
えっ!『静寂』、激しい動きを伴う短調の早いパッセージの曲のどこが静寂なのか? いやそもそも、クララ・ヴィークへの思いが最も熱く激しく込められたクライスレリアーナのどこに静寂などと言う反意語を使えるのかと訝しく思うか、人によっては何を馬鹿な事を言っているのだと怒りまでも感じるかもしれません。
しかし、クライスレリアーナが求めている在り方は、最後の第8曲、6/8拍子ト短調のpppの連なりで終わるように、実は静寂の世界観が求められている曲なのです。 その、『静寂』は既にして最終の第8曲ではなく第7曲に現れるのです。 「非常に早く・さらに早く」と気持ちの高まりを表現する形を作るような指示と間違いなく受け取れる提示とは相反した寡黙さで『静寂』を第7曲に収斂させなくてはならない、それがシューマンの作曲したクライスレリアーナなのです。 シューマンはリズムの構築の中にその難解さと静寂を刻み込んでいったのです。
禅問答の様に聞こえますでしょうか? ローベルト・シューマンはそういう作曲家なのです。 矛盾が寄り添うがごとくに疾走するシューマンの楽曲とはその様なものなのです。
長い前置きの様になってしまいましたが、アルフレート・ブレンデルはその様に!クライスレリアーナを弾いているのです。 激しいまでの動的な心の叫び、葛藤、慟哭があるのだと誰もが思ってしまうこの曲をブレンデルはもっと深く、もっと本来のシューマンに近づけているのです。 もちろんそれは一面的な見方かもしれません。他の見方をすることはいくらでも可能でしょう。
だけれども、シューマンの取り分けてもこの曲は最も、個人的で「静寂」の曲なのです。
(つづく)
シューマン:クライスレリアーナ(作品16 ):アルフレート・ブレンデル(Pf)
第1曲:(https://www.youtube.com/watch?v=V9hACQwwA5c)
第3曲:(https://www.youtube.com/watch?v=w-M0vqHv-XA)