クラウディオ・アラウ・レオン その1(1903年2月6日~1991年6月9日、チリ チャリン)

尊敬するピアニストとしてアラウの名前を真っ先に上げる事に私は躊躇しません。アラウの音楽が、アラウの生き様が、アラウの姿勢が、そうした全てのものが私には好ましく思われるのです。アラウだって欠点はあったでしょうし、人間である以上、神のごとき欠点の無い人物であるはずが無いと思いますが、そうした人物伝を横に置いて、私は何よりアラウのバッハ、ベートーヴェン、シューマン、ドビュシー、いえいえアラウの弾いた偉大な音楽家たちの作品の演奏を敬愛してやみません。
さてここで最初に、全ての偉大なピアニスト達が必ず持っている秘密についてちょっと触れておきましょう。私はアラウの演奏会を聴きに行ってそれまでレコードや放送録音では気が付かなかった、ある重大な事柄に気が付いたのでした。これこそ偉大なピアニスト達の演奏の秘密なのだと思ったのです。
そんな重大な事ならさぞかしすごい事に気が付いたのだろうなとお思いかもしれません。だとしたら今から私が言う事は「何だそれは」とか、「今更何を言っているんだ」とか言われてしまう単純な事ですので呆れたりガッカリしないでください。要するに実演を聴かなければ気が付かない程、私は大した聴き手では無いと言う事を告白している様なものですから。
その秘密とは左手が奏でる低声部の奥深い響きでした。重いとかずっしりしているとかそんな表現でも間違いありませんが、もっと根本的な、「腹の底から出て来る様な」と言うのが一番近いのかもしれませんが、そんな「バス」の響きでした。
注意深く聴いていると、他の偉大なピアニスト達も低声部の響きが個性的でそれぞれが独自の物を持っているのに改めて気が付きます。あまりズシンと響かない様に一聴、聞こえるピアニスト達も、素晴らしい左手の響きを持っているのが分かります。その左手の低声部の響きこそピアニスト達の個性を形作る重要な要素だと言えましょう。
つまり、左手の指さばきが大した事のないピアニストは、大たした事のないピアニストだと言う事になります。
アラウの低声部は実に見事に、心地よく、まさに鍵盤を底の底まで深く押し込んだに違いない響を演奏会場に轟かせたのです。轟かせたなどと言うと雷鳴か何かの様なすごい音が出たと思うかもしれませんが、そうでは無く楽曲を下支えする芯の強い、まさしく腹の底を揺り動かす様な低声部を表現したのです。
ヴィルヘルム・ケンプの様に、密やかに、気が付かれることなく、さりげなくではありますが、断固たる意思を示すがごとくにアラウは決然と低声部に楽曲の意志を込めて見せるのです。ケンプの様に「息使い」のごとき技を持ってするのではなく、「確信」の技によって鍵盤に音楽を打ちこんで、いえ、鍵盤では無く音楽を底の底まで「押し込んで」行くのです。

その2に続く

クラウディオ・アラウ(1903年~1991年 生:チリ チャリン)