アルゲリッチ 3

あるいはもうひとつ考えてみるのですが、1969年に録音されたグレン・グールドのモーツアルトのピアノソナタ イ短調 K.310の演奏を聴いたときまるで高速でカタカタ鍵盤を叩き飛ばすような演奏に驚きましたが、音楽の違いこそあれ1960年に録音されたアルゲリッチの演奏もまたかなりのスピードで弾いているのをご存知でしょうか。
二人のピアニストの意図するところには違いがあるかもしれませんが、ほとんどダンパーペダルを使わずに、テンポを上げて行間に余計なものを紛れ込ませない事を二人は期せずして求めての高速演奏かと思うのです。  情感とかモーツァルトの悲しみとか、そうした「面倒」な感情の排除といえば言い過ぎかもしれませんが恐らくそうした意図があったのでしょう。
分かりやすく第一楽章を実際にかかった演奏時間で見てみるとグールドは3分、アルゲリッチは5分、参考までに内田光子は8分になります。エッ、グールドが3分!いくら早い演奏だといっても恐ろしいほどの違いに唖然とします。 アルゲリッチも内田光子や他の穏健なピアニスト、例えばイングリット・ヘブラーなどに比べれば相当な快速です。 では、グールドはいったいどれほど早く弾いているのか、倍近い速度で弾くことが人間技で出来るのかと考えますが、グールドの演奏は実は49小節目からの繰り返しを省略した演奏なのです。倍の速度で演奏しているのではなく133小節ある第一楽章の49小節分の繰り返しをはしょっているのです。 どおりで演奏時間が短い訳です。
もちろんアルゲリッチは繰り返しをはしょっていません。多くの誤解があるのですが、アルゲリッチは情熱的な時には常軌を逸脱するような演奏ゆえに自由気ままで勝手な演奏をすると思われがちですが、生真面目で楽曲に対する尊敬の念を持った普通のピアニストだと言えるのです。グールドは・・・そうとは言えないのです。 繰り返しを省略する事の可否はオルフェウスの昔から議論の対象になりがちですからここではその事には触れませんが、まさかいくらグールドでもギャラが同じならはしょって労力をかけない方が得だと思った訳ではなでしょう(この件は改めて)。
早く捌(さば)くことで余計な感情を入れない演奏ではないのかとアルゲリッチの演奏に言及しましたが、それでもアルゲリッチの演奏からはモーツァルトの悲しみが時折こぼれ落ちてきます。だからアルゲリッチの才能はなみなみならぬものだと言えるのだと思えるのです。あまりに楽曲に感情移入することの怖さをこの繊細この上ないピアニストは知り尽くしているのです。
エッ、繊細・・・。
そうですアルゲリッチは繊細なピアニストなのです。

〜モーツアルト ピアノソナタ 第8番イ短調K.310聴き比べ〜

・アルゲリッチ(Pf)(http://ml.naxos.jp/work/6691718

・グールド(Pf)(https://www.youtube.com/watch?v=lm-_uhc7Xv0

・内田光子(Pf)(http://ml.naxos.jp/work/4495693

その4に続く

モーツアルトのピアノソナタ 第8番イ短調K.310の楽譜の繰り返し指示の部分、赤い矢印から冒頭に戻り繰り返す指示があります