イエルク・デムス その6

実はデムスは所謂フォルテピアノなどの古典的なピアノのコレクターでもあります。 クリストフォリ以降改良に改良を重ねて発展して来た、古典派の時代からロマン派の時代の歴史的ピアノ(ピアノフォルテ)に非常に豊かな造詣を持って収集しています。 それもただ収集しているのではなく修復して実際の演奏会で使っています。また、録音に使用してその古典的な楽器の音を世に出しています。
こんなところにも生真面目、と言うより学研肌のデムスの姿勢が感じられます。 デムスは何もピリオド楽器の台頭における作曲家が生きて作曲した当時のオリジナルの音を再現したいと言う歴史的価値や見地からのみ古典的なピアノフォルテでの演奏を試みているわけではないのです。
もちろん、それもありますが、デムスが目指しているのは真正な音楽表現、真摯なピアノ音楽の具現化、そして音楽の喜びなのです。 そのために必要と考えての古典的ピアノの使用なのです。現代のピアノを演奏することを拒否するような極端なことをデムスはしていません。 ただそこに素晴らしい状態の18世紀後半から19世紀中ごろにかけてのピアノがあればそのピアノで何かを伝えようとするのです。
何を、ベートーヴェンが作曲した当時の活き活きとした精神をです。雰囲気や当時の音や当時の響きなどはもちろん伝えたいと思っているでしょうが、それ以上に当時のベートーヴェンが聴衆に聴かせたかった心の在り処を表現してデムス自身の聴衆に差し出したいのです。それは当然、シューベルトでもシューマンでも変わりません。
デムスの演奏に自由の風を感じるとするならそうしたところにあるのではないかと感じます。心のありようの表現は、人が心の中に描く思いは、常に自由なのです。誰にも介在することが出来ません。作曲家の心の在り処を伝えたいと切々と訴えかける古典的な響き、敢えて言えばデムスのピアニズムはそこにあるのだと考えます。
高齢になっても尚、積極的に演奏活動に勤しむデムスは録音した曲を大変熱心にプレイバックして吟味することもするそうです。音楽に対する生真面目な姿勢があります。
そう、三羽烏のもう一人、パウル・バドラ・スコダとの4手の演奏に触れればデムスの心情とデムスがどの様なピアニストであるかを端的に知ることが出来るような気がします。そのあくまでも真摯な姿によって。

デムス 完

デムスが所蔵していたモーツァルト時代のフォルテピアノ「ルイ・ドゥルケン」

2006年11月来日時の公演は所蔵のフォルテピアノ「ルイ・ドゥルケン」(1795年製造)を携え、 現代ピアノとの弾き比べだった